第2話 ”タッグ・パートナー”


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エスバニア国軍、フォート・エルズ空軍基地・・・
前線から少々後方に位置する『軍事施設』と呼ぶのも
はばかられるような小規模のこの施設には、
3つの実戦・実働飛行戦隊が配備されている。

第3航空団隷下、第206飛行隊。
同・第207飛行隊。
そして、八坂ケイゴ少尉が所属する同・第208飛行隊である。

戦況が膠着し、大規模な戦闘行動は下火になったものの、
散発的な衝突は日を追うごとに多くなってきている。
先日のゼナン強行偵察部隊との戦闘もそうしたものの一つだった。



−2−

エルズ基地内で最も大きな建物・・・戦闘機格納庫では
終日、人気が絶える事は無い。
忙しそうに動き回る整備スタッフに混じって、八坂少尉も
自機の整備を行っていた。

機体の整備修理、燃料弾薬の補充は整備スタッフの仕事だが。
照準システムの調整、
各部ジェット・エンジンの出力調整、
各関節部のトルクバランス補正・・・等々。
機体のパワー・バランスをパイロットの特性に合わせる作業は
パイロット自身の仕事だ。
これを他人任せにしてしまうと、後で泣くことになる。
まあ、自分で泣けるのは運が良い方で、大抵は仲間や
家族が泣くことになるのだが・・・。

全ての作業を終了させて、八坂少尉は格納庫の一角・・・
空の弾薬ケースや、古びた戦闘機の装甲板など、
ありあわせの材料で作られた休憩スペースに腰をおろした。

今日のフライトスケジュールに自分は組み込まれていない、
准待機組だからスクランブルがかかれば出撃しなければならないが、
何もなければ午後はゆっくりできる。

「うーむ、どうしようか・・・」
今日の予定を簡単に組み立ててみる。
「とりあえず、溜まってる洗濯物を片付けて・・・
部屋の掃除でもするか」

今、彼にあてがわれているのは二人部屋である、
勿論『ルームメイト』も居るわけで、何も彼が率先して
部屋の掃除をする必要は無い。
しかし、彼のルームメイトはその手のことには全くの無頓着で
・・・いや、むしろ散らかす方が得意だったりする。

「しょうがない、やるか」
そのルームメイトにキツく言って掃除をさせよう・・・
と、そんなことを思わないでもなかったが、
結局自分でやることにする。

この辺り、彼の『甘さ』と言うべきか、『持ち味』と言うべきか・・・
まあどちらにせよ、顔に似合わず『世話焼きさん』な八坂少尉であった。



−3−
EP02
「ガンバってますね、センパイ」
八坂少尉が部屋の床をモップがけしていると、そんなセリフと伴に
噂の(?)ルームメイトが姿をあらわした。
ジェイムズ・F・アーウィン少尉・・・
今のセリフの通り彼の後輩であり、ルームメイトであると同時に、
戦場においてはお互いに信頼し命を預け合うタッグ・パートナーである。

「ジムお前、『ガンバってますね』じゃなくて、
たまには自分でやろうって気にならないか?」
『やれやれ』といった感じで八坂少尉が問いかけると、
「んー、無理ですよ、ボクが掃除するとよけい散らかりますから」
と、何故か活き活きとした声音で返事が返ってくる。
確かに、眼前のパートナーは掃除(とゆーか、家事全般)が
大の苦手ではあるが・・・。
素直に納得できず、ちょっとばかり半眼になる八坂少尉であった。

「まったく・・・せめて邪魔にならんようにどっか行ってろ、しっしっ」
メンタルバランスの安定を図るため、少々邪険にあしらってみる。
「可愛い後輩にそりゃないでしょ、いけずですよう」
猫なで声で身体を摺り寄せてくる、かなり気持ち悪い。
「やめんかい!気持ち悪い!!」
『ぱっ』と密着している身体を離す。
「善意の活動をこうまで邪魔されて、俺もさすがに
ドス黒い感情を覚えなくもないんだがな」
「さあ!絶好の掃除日よりですね!ボクは邪魔にならないように
どっか行ってますから、はりきってどーぞ!」
・・・あくまで自分でやる気はないらしい。

なにはともあれ、戦時下に得た貴重な時間・・・。
仲間と馬鹿なことを言い合い、素直に喜怒哀楽を表現できる時間・・・。
それは、何物にも変え難いモノである。

しかし、そんなひとときは一瞬にして終わりを迎える。
『やはり』と言うべきか・・・、
戦時下の兵士に自由時間は望むべくもなかったようだ。



−4−

耳が痛くなるほどのサイレン。
基地内全ての施設の、全てのスピーカーから緊急警報が流れる。
『エマージェンシー!エマージェンシー!ボギー多数、急速接近中!!
待機中の迎撃要員は全機発進せよ!!くりかえす・・・』

一瞬にして気を引き締めた(多分に条件反射の色が強いが)八坂少尉は
傍らのタッグ・パートナーを見やった・・・。
ジム少尉もまた、彼に視線を送っている。
猛禽を思わせる鋭い瞳。
「行こう、ジム」
「了解です!」

二人は肩を並べて走る。
鋼鉄の四肢を身に纏い、蒼穹の戦場へと飛び立つ為に。



−おわり 第3話へエンゲージ



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