第11話 ”フォート・エルズの交錯”
-1-
■2162年4月7日
その日、エルファルド要塞周辺空域を哨戒中だった早期警戒機のレーダーに
異様な影が映った。
たった1機、カミカゼの如く一直線に向かってくる機影、監視要員はすぐさま
エルファルド要塞に警告信号を発信、要塞司令はこれを敵性機と判断し防空網を展開。
しかし敵機は戦闘機隊を振りきり、対空砲火を縫うように回避すると、殆ど銃火を
交えることなくエスバニア領空内へと飛び去った。
直後、エルファルド要塞後方に位置するフォート・エルズ基地に緊急通信入電。
その通信によってもたらされた情報の中に、1枚の画像ファイルがあった、
エルファルド防空部隊のカメラが捉えた敵機の姿、ホワイトとダークグレーの戦闘機。
フォート・エルズに駐屯する航空飛行隊にスクランブルが下る。
-2-
「センパイ!センパーイ!!待って下さいよー!!!」
慌ただしい整備格納庫内にジム少尉の声が響く。
ギプスをした右足を引きずり、松葉杖を『カッカッカッ!』と鳴らしながら
駐機してある自分の機体に駆け寄る。
そのアルバトロスのコクピットにはヤサカ少尉が陣取り、出撃準備の真っ最中であった。
「ちょ、ちょーっ!ちょっと待って下さいよ!!それボクの機体ですよ!?」
無理やり自分の機体で出撃しようとするヤサカ少尉を必死に止めるジム少尉。
しかし、ヤサカ少尉は意に介さずスクランブルシーケンスを進める。
「修復する時に使ったパーツはオレの機体からの流用だろ、肩のナンバリングも『E-9』の
ままだし・・・問題なし!」
「確かにコクピットが潰れたセンパイの機体から手足のパーツもらいましたけど・・・、
だからってそれは屁理屈ですよう!!」
先日の戦闘で大破の憂き目を見たジム少尉のアルバトロスだが、奇跡的にコクピット
ブロックは無事であったため、同じく大破したヤサカ少尉の機体(こっちはコクピット
ブロックが使い物にならなくなっていた)からパーツを流用したのである。
そして今現在、ヤサカ少尉は「補充機体待ち」の状態であった。
わたわたと松葉杖を振るジム少尉。
「それにセンパイだってまだ本調子じゃないでしょー!包帯してるじゃないですかーっ!!」
確かにヤサカ少尉は額に包帯を捲いていた、負傷してからまだ4日しかたっていない、
怪我の程度こそあれ、まだ鈍痛くらいはするはずだ。
「ん?これは・・・オシャレなバンダナだ、包帯じゃないぞ」
「見え透いたウソをつくなーっ!!!」
ひとしきり、バカなやり取りを繰り返すと、ヤサカ少尉はふいに表情を引き締めた。
「悪いが見逃してくれないか、ジム」
ジム少尉は怪訝そうに眉をひそめる
「なら答えてください、どうしてそんな無理したがるんですか?」
ヤサカ少尉はポリポリと後頭部を掻くと、一言々々区切るように答える、
「お前も聞いただろ、接近中の敵機の特徴・・・ホワイトとダークグレーの特殊な機体、
間違い無い・・・アイツだよ」
言葉を切り、深く、ため息をついてうつむくヤサカ少尉。
「あの時・・・数日前にヤツと始めてコンタクトしたあの戦闘の時に、オレがヤツを
撃墜できていれば、よけいな被害が出ずに済んだんだ・・・実際、エルファルドでは
かなり危なかったんだろ、お前」
ジム少尉は瞳を輝かせる。
「そんなっ!じゃあ、センパイ・・・ボクの為に!?」
「だあぁぁーっ!その恋する少女のような瞳はヤメロッ!!気色悪いわーっ!!!」
暴れるヤサカ少尉。
「と・・・とにかくだ、これ以上ヤツのせいで被害が出るのは夢見が悪い、
わがまま言うようでスマンが、俺も出る!」
「いや、確かに理由はわかりましたケド、パートナーも無しに出撃するつもりですか?
第一、コントロール(管制)が許可しませんよっ!!」
「その事ならばシンパイ無用よっ!!」
「うわあっ!?」
格納庫内に、いやに活き活きとした女性の声(とジム少尉の悲鳴)が響き渡る、
整備部隊のサレナ・フィオレ中尉だ。
「サラ姐さん!ビックリしたじゃないですか!変なところからわいて出るのはやめいぇ
ててててっ!!」
「ホッホッホ、人様の事を害虫のように言うのは感心しないわねぇ、ジム君?」
ジム少尉のほっぺたを、顔面の造型が崩れかねない勢いでつねるサラ中尉。
「そんな事より、コントロールから許可もらってきたわよ!ヤサカ・ケイゴ少尉、
出撃して良し!!」
「了解!!」
コクピットハッチ閉鎖、システム起動、セルフチェッカーオートラン・・・
全系統異常なし。
アームコンディションチェック、全て正常。
オプション兵装、レギュラーポジションへ。
「208thAFT、Echo-9、ヤサカ・ケイゴ出撃します!」
AFF形成機起動、斥力場が〈アルバトロス〉を包み込む。
自重軽減、要撃戦闘離陸重量19.7tの80%をフェイク。
ジェットエンジンが唸りを上げ、鋼鉄の巨体を大空へと押し上げる。
アフターバーナー・オン、離陸後6秒で最大戦闘速域まで加速、
ハイパークルーズ、音速を超える。
天を衝くように伸びる白煙の尾を見上げながら、サラ中尉は口元に笑みを浮かべる。
「『わがまま』ねぇ・・・、命を賭けるその我侭は、はてさて何のためなのかしら?」
サラ中尉が意味深なことを呟くその傍らで、ジム少尉は赤くなった頬をさすりながら
しくしく泣いていた。
-3-
『目標捕捉、距離4500、総数1、ヘッドオン!』
『206thリーダーから各機、交戦に備えろ、ドッグファイトモードへ移行、アーム解放、
ここで必ず墜とすぞ!』
『了解』
『了解』
基地を飛び立って僅か十数秒後、ヤサカ少尉達フォート・エルズ航空飛行隊は領空を
侵犯する敵機をレーダーで捉えた。
火器管制システム、アクティブへ。レーダー及びセンサー、リンク。
メインディスプレイに、今だ肉眼(カメラ)では見えない敵機の位置がレーダーの取得情報
をもとにポイントされ、それに重なってターゲットレティクルが表示される。
ほぼ同高度、真正面から迫る敵機。
表示されている相対距離の数値が見る見るうちに減っていく。
『エンゲージ!ブレイク、ナウ!!』
戦闘開始、全機散開。
「いたっ!!」
〈トーネード・プラス〉のコクピット、フォウリィ・クリスティア中尉は、自機を
包囲しようとする敵機の一群の中に、明らかに動きの違う機体を見つけて歓声を上げた。
一番始めに会敵したこの空域にくれば、もう一度接触できるのではないか?
・・・その程度の『推測』ですらない希望的観測であったのだが、どうやら間違っては
いなかったらしい。
以前、この空域で傷を負わされ。エルファルドでは、見つけた時には既に傷を追い、
意識を失っていたあの敵パイロットを見逃して去った。
手負いの相手を撃っても意味が無い、自分に傷を負わせたほどの敵。状況が許す限り、
正面から戦って白黒をつけたかった。
・・・そして三度(みたび)、チャンスが巡ってきた、自分にとってこれが最後のチャンス。
「今、ここで、決着をつける!」
〈トーネード・プラス〉戦闘機動開始。
「チックショウ!ハナっからオレが目当てだったのかよ!?」
他の友軍機には見向きもせず、彼に接近する〈トーネード・プラス〉を見て、ヤサカ少尉は
声を荒げた。
・・・とはいえ、こうなる事を全く予測していなかったわけでもない、
薄々気付いてはいたのだ、この空域で会敵する事になると解った時に、
ヤツは始めて戦った時の続きをするつもりなのだと。
「Echo-9、フォックス2!!」
照準、ミサイル発射。しかし、牽制にすらならない。
「・・・こうまで易々と回避されるとはな、勢い勇んで出てきたはいいが、
一体どうすりゃいいんだか・・・」
数の差で言えばこちらが圧倒的に有利なのだが、この敵に限ってはそういった数的な
戦力差など無意味に思えた。
単機での戦闘能力で比較した場合、あちらが頭一つ以上抜きん出ているのである。
そうなると、こちらが余程高度に連携しなければ弄ばれるのがオチだ。
そしてさらに、長期戦になれば自分自身の身が持たない。
相手は自分一機に狙いを絞って攻撃を仕掛けてきている、今この瞬間も限界まで
感覚を研ぎ澄ませ、全身の神経を張り詰めている。
こんな状態が長続きするはずは無い。疲労し、動きが鈍れば、ヤツは容赦無くこちらを
墜としにかかるだろう。
自分一人だけでは勝てず、かといって生半可な連携攻勢はあしらわれるだけ。
「連携・・・ね」
眼下に広がる湖。太陽光を反射してキラキラと輝くその湖面をチラリと見やると、
ヤサカ少尉は目を細めた。
「何だ?」
クリスティア中尉は怪訝そうに、その端正な眉をひそめ呟いた。
目標の機体、『E-9』ナンバーの〈アルバトロス〉が急降下し、地表ぎりぎりを
低空飛行し始めたのだ。
それに続くクリスティア中尉の〈トーネード・プラス〉。
「誘っているんだろうが・・・ん?」
レーダーディスプレイに視線を落とした時、不審な動きをする2機の機影に気づく。
〈トーネード・プラス〉を中心に、4時方向から11時方向へ1機、8時方向から
1時方向へ1機・・・、一直線に飛ぶ敵機、そのまま直進すれば、自分達(E-9
〈アルバトロス〉とクリスティア中尉)の予測進路上でほぼ同時に交差する事になる。
そしてそのポイントは・・・前方に広がる湖の直上。
「・・・そうか、水飛沫に紛れて入れ替わるつもりか」
敵部隊の戦闘機は全て〈アルバトロス〉タイプで編成されている、外見は全く同じで、
携行している兵装や機体ナンバリング等、僅かな差異しかない。
アクロバット・フライトの要領で、クロスオーバーした瞬間に
入れ替わるつもりなのだろう。
確かに、視覚情報のみで追っていたなら見逃してしまうだろうが・・・
「私は先刻から、お前だけを集中してロックしている。強力なECMならともかく、
水飛沫のカーテンごときで見逃すわけはない!!」
〈トーネード・プラス〉増速。距離を詰めて、勝負を仕掛ける。
「かかったっ!!」
〈アルバトロス〉のコクピット、レーダーディスプレイの光点・・・〈トーネード・
プラス〉が急速接近してくるのを見て取ると、ヤサカ少尉は歓声を上げた。
『こちらE-3、ジャック。5秒後に予定ポイントを通過!』
『E-6、ベインだ。同じく予定通り』
「二人とも頼む!盛大にやってくれ!!」
E-3、E-6、E-9、超音速で湖の上空に進入、中心地点でクロスオーバー。
衝撃波が冗談のような水飛沫を巻き起こす。
「よしっ!ここで・・・勝負だ!!」
ヤサカ少尉は自機を進行方向に対して180度反転させると、メインジェットエンジンを
停止させる。
超音速でバックする格好になると、全ての武装のセーフティを解除、正面の一点に
狙いを定める・・・自身の軌跡であり、飛沫の壁の向こう、〈トーネード・プラス〉が
現れるその一点へと。
-4-
水飛沫の壁を抜けた〈トーネード・プラス〉・・・クリスティア中尉が見たのは、
こちらを向いて、全ての武装を解放する〈アルバトロス〉の姿。
「っ!?あの飛沫のカーテンは、攻撃の予備動作を隠すための―――!!」
コクピット内にロックオン警報が響く、銃弾とミサイルが殺到する。
ほとんど感で動き回り致命的なダメージは避けたものの、蓄積されたダメージは深刻で、
高速機動はもはや不可能だった。
「こんなっ・・・、こんなところでぇぇっ!!」
叫ぶクリスティア中尉、そして叫びながらも無理やり機体の姿勢をたて直し、
〈アルバトロス〉に銃口を向ける、しかし。
一閃。
いつの間にか接近し、レーザーカッターを抜いた〈アルバトロス〉が、
25mmアサルトを切断する。
そして、振り抜いたレーザーカッターを、その勢いは殺さぬままに反転させ、
〈トーネード・プラス〉の頭部に突き付ける。
〈アルバトロス〉の指が、引鉄を引くように引き絞られる。
瞬間的に発生した超高温の不可視の刃が、〈トーネード・プラス〉の頭を消し飛ばした。
制御を失い、湖に沈みゆく〈トーネード・プラス〉を見るヤサカ少尉の脳裏に
ある光景が浮かぶ。
エルファルド要塞での最後の記憶、おぼろげながらもしっかりと焼き付いた〈トーネード・
プラス〉と銀髪のパイロットの姿・・・。
そう、あのパイロットは、あの時、傷を負った自分を目の前にしながら、
殺すことなく見逃して去ったのだ。
・・・だから、というわけではないが。
ヤサカ少尉は機体を操作し、〈トーネード・プラス〉の腕を取った、エンジンを吹かして
引き上げる。表面装甲を流れる水が陽光を反射してキラキラと光った。
このまま機体ごと、このパイロットを連れ帰れば捕虜として収容されるだろう、戦時条約
によって人権は保障されるとはいえ、たった1機で勝負をしにきたパイロットだ、
その待遇は非常な屈辱だと感じるだろう。
「それでも、むざむざ死なせることはないよな・・・」
ヤサカ少尉は呟いた。
何故だろうか・・・、このパイロットには生き延びて欲しい、そう思った。
頭を消し飛ばされ、メインカメラを失った〈トーネード・プラス〉のコクピットは
殆どのスクリーンがブラックアウトし、サブカメラによる断片的な映像がメインスクリーン
にのみ映し出されていた。
「・・・負けた――――」
クリスティア中尉は〈トーネード・プラス〉のコクピットの中で、シートに深く背を預け、
天を仰いだ。
機体が自重を支える事すら出来ずに、湖に沈んでいくのが音でわかる。
「ESTIシステムを使いながら、敗北するなんて・・・な」
はっきり言ってしまえば彼女の敗因は、ヤサカ少尉の(悪く言えば)姑息な作戦勝ち
だったのだが、そんな事は関係無い。
戦場においては、結果のみが全て。
それは、彼女自身が一番身に染みて解っていた事だった・・・しかし、
「知ってはいても理解できていなかった・・・んだろう・・・な・・・」
結局は、たった1機で飛び出してきた時点で、彼女の負けは決まっていたのだ。
世界が暗転する、酷い倦怠感が全身を包む。
ESTIシステムを酷使しすぎた、連続的に負荷が掛かった脳が、身体が、限界を訴えている。
クリスティア中尉はそのまま、深い眠りの淵に落ちていった。
今、彼女と彼女の乗機が、ヤサカ少尉が駆る〈アルバトロス〉の腕の中にいる事など、
気付くはずも無かった。
−おわり 第12話へエンゲージ−
[Return]