第12話 ”往くべき先は”


-1-

 イメージが、直接的な「動き」として反映される感覚。
常に違和感や嫌悪感が付きまとい、何時までたっても慣れる事など無かった。
それでも、イメージ通りに動く「それ」が、彼女が持ち得た唯一の武器であった。

 しかし、今ではその「唯一の武器」も、彼女の声に答えない。
「動け!動けっ!!動けぇぇっ!!!」
もとより、叫ぶ事になどなんの意味も無い。イメージを伝達するのは、彼女の
首筋から伸びた1本のコード。
そして、振り下ろされた見えざる刃によって、そのコードは断ち切られ―――。

 「―――ッ!!?」
フォウリィ・クリスティア中尉は、シーツを払うと『ガバッ』と跳ね起きた。
素早く周囲を見渡す。
暖かな日差しが差し込む室内は・・・どうやら病室であるらしい、自分は
ベッドに寝かされていたようだ。白いカーテンで遮られたその向こうから
漂ってくる消毒液や薬品の独特なにおいが鼻をつく。

 即座に現状の認識に勤める、ここは一体何処なのか?
「ESBの施設・・・だな、やはり」
先の湖での戦闘直後、私は意識を失った、その間に捕虜として収容されたと
考えるのが一番妥当だ。
「・・・そうすると、ここは病院ではなく軍関係の施設・・・その中にある
メディカルルームか?」
『それにしては・・・』と、彼女は疑問に思った。
警備が手薄なのだ。捕虜を寝かせるのなら、簡単な拘束くらいするのではないか?
いや、そもそも医務室ではなく留置所に拘置するのが適切ではないのか?
周囲に人の気配も無い、監視装置すら見当たらない。
脱走しようと思えば即、実行に移せそうな雰囲気だ。
『罠か?・・・いや、たとえ罠だとしても、ここまで手薄なら――――』
・・・と、そこまで思考して、彼女は自身の考えを打ち消した。
「ここを抜け出して、その後は?・・・元の鞘に戻る事など出来ないというのに・・・。
何を考えているんだろうな、私は」
今更戻ろうだなんて、自らの境遇と、周囲の環境を嫌いながらも、
それに依存していたという証明ではないか。
自分は、自分で思っている以上に脆弱であるらしい・・・、無性に泣きたくなるが、
ここで泣いてしまったら自分の弱さに歯止めが利かなくなりそうで、
必死に涙を押し留めた。

 「あらあら、意識が戻ったのかしら?」
と、カーテンの向こうから声が聞こえた。思索にとらわれて、部屋に入ってきた気配に
気付かなかったらしい。
思わず身構える。自分は捕虜であり、戦時条約や国際協定に謳われている人権等の保護対象
であるとはいえ、それは上辺の話であって、実際どんな扱いを受けるか解ったものではない。
・・・いや、そもそも私が意識を失っている間に、何か・・・口では言えないような
ことをアレコレされてしまったのでは―――!!??
と、ネガティブ思考に走っているクリスティア中尉の目の前でカーテンが開き、白衣を
まとった人物が現れた。
「あらまあ、まる2日寝たままでいたんだから、すぐに起きあがってはダメよ」

 ・・・なんというか、非常に人の良さそうな中年の女医さんである。
その糸目と、ちょっとふっくらとした顔つき。
全身からにじみ出る『お人好し』オーラ・・・。
天然っぽいというか・・・、癒し系(?)というか・・・。

あっけにとられた。
張り詰めた糸、それが切れる音が聞こえた気がした。
「あ、あの・・・、う、いやその・・・」
クリスティア中尉の口からは、言葉にならない声しか出てこない。
こちらの狼狽ぶりを何か別の意味に解釈したのか、女医さん(というか、軍医だろう)が
急に表情を曇らせた。
「あらあら、やっぱり頭を打っていたのね。言語障害だなんて・・・、脳のお医者様を
呼んでこないと・・・」

 「・・・いえ、そういうことではないです」
すっかり気勢をそがれ、小声でゴニョゴニョ答えるクリステイア中尉であった。


-2-

 「私はね、ジーナ・メイヤードっていうの。ココの軍医をしているわ。
貴女のお名前は?」
白衣の女性、ジーナはいかにも人好きのしそうな笑顔を浮かべて名を聞いてきた。
「あ、クリス・・・クリスティア・・・です」
思わず答えてしまった、どうにも調子が狂う。こういう雰囲気には慣れていない。
「クリスティアさんね、うふふ、綺麗なお名前」
ジーナ医師はニコニコと笑顔を浮かべながら続ける。
「お名前もそうだけど、髪もとっても綺麗、その紅い瞳もキュートよ」
「・・・・・・」
クリスティア中尉の表情が硬くなる、話題にして欲しくなかった。
この銀髪と紅い瞳は、遺伝子デザインの副作用・・・、ESTIシステムの被検体として
生まれて来た事の証だから。
「あのぅ、ゴメンナサイね、気に障ったなら謝るわ」
彼女の表情の変化を読み取ったのか、ジーナ医師が表情を曇らせて言ってくる。
「いえ、何でも・・・」
考えてみれば、ジーナ医師とはさっき会ったばかりだ、私の事情など知るはずもない。
この髪も瞳も、少々珍しく写っただけなのだろう。
ここで機嫌を悪くするのは大人気無い。

 ―――と、そこまで考えて。
『いや、違うだろう!彼女は敵国の人間なんだぞ!気を使っている場合か!?しかし、
表面だけでも友好的に接してくるなら、とりあえず大人しくしていた方が―――』
頭を左右に振って、そんな一人討論を脳内で繰り広げているクリスティア中尉の姿を
見て、ジーナ医師がさらに表情を曇らせる。
「あらあら、気分が良くないの?ゴメンナサイ、起きたばっかりなのに
長話しをし過ぎたわね」
「あ、いえ、決してそのような事は・・・」
「ううん、いいの。それより、今はゆっくりと身体を休めて、ね!」
そう言って、クリスティア中尉を無理やりベッドに寝かしつけるジーナ医師。
『ぽわ〜ん』としているように見えるが、ちょっとマイウェイな性格も持ち合わせて
いるらしい。
「それにしても、ヤサカくんも間が悪いわねぇ。時間が空けばお見舞いに来てたのに、
眠り姫のお目覚めの時に立ち会えないなんてね」
ジーナ医師が呟く。独り言だったのだろうが、クリスティア中尉は聞きとがめた。
「は?・・・ヤサカ・・・君?」
「そう、ヤサカくん。この基地で一番の腕利きパイロットでね、貴女をここに
運び込んだのも彼なんだけど、よっぽど心配だったのね。しょっちゅう貴女の
様子を見に来てたわ」
「・・・っ!!」

だんっ!!

 ジーナ医師の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、クリスティア
中尉はベッドを飛び降り、医務室のドアを叩き壊さんばかりの勢いで押し開くと
そのまま走り去っていった。
一人残されたジーナ医師は、頬に手を当てて、困ったように眉根を寄せると、
「あらあら、ゆっくり寝てなさいって言ったのに・・・、困ったわねぇ」
・・・と、全然困っているようには思えない調子で呟いた。

 ふざけているわけでも何でもなく、これがこの人の『素』なのであった。


-3-

 ヤサカ少尉は、駐機場脇の芝生に寝転んで『まったり』していた。
ちなみに、サボっているわけではない。先日搭乗機が大破した彼は、替わりの機が
来るまでさしたる仕事もなく、ヒマを持て余しているのである。
多少のデスクワークがあったが・・・、とっくに終わらせてしまっていた。
相棒のジム少尉はパトロール任務でフライト中、あと数時間は戻ってこない。
と、いうわけで、ヤサカ少尉は芝生に背を預け(雑草が目立つが)、風に頬を
撫でられながら(ちょっとジェット燃料臭いが)、ボーっと雲を眺めて時間を
つぶしていたのであった。

 「は〜、ヒマだ・・・」
ため息を吐き出すヤサカ少尉。
首を起こして格納庫の方を見やると、豆粒大の整備スタッフ達が忙しそうに
動き回っている。
一瞬、彼等を手伝おうかとも考えたが、逆に邪魔になるだけだろうと思い直し、
また視線を空に戻した。
「・・・部屋の掃除でもっしよっかな」
そんなことを呟いたその時、彼の顔に・・・『フッ』と、影が落ちた。
自分の頭から数歩先に誰かいる、ヤサカ少尉は少し首を曲げて相手を見やる、
そして・・・電光石火の早さで飛び起きた。
逆光でシルエットしか見えなかったが、相手が誰なのか、すぐに思い至った。
「お前・・・っ!何でココに!?」
戦場で3度出会った敵機、そのパイロット。今は医務室にいるはずだった。
彼女はその問いに答えずに、左半身を引き、拳を固める。
刺すような視線、圧倒されるほどのプレッシャー、彼女は完全に・・・ヤル気だ。

 ヤサカ少尉も左半身を引き、半身になって彼女と相対する(生憎、武器らしいものは
何も持っていない)。手は握り込まず、抜き手のまま。腰を落とし、攻撃の兆候を
見逃すまいと、睨みつけるように相手を凝視する。
格納庫の方から一際大きなジェット・エンジンの爆音が響く。
二人が同時に動く、距離が詰まる寸前、クリスティア中尉が身体を半回転させながら
上段から叩きつけるようなハイキックを放つ。強烈な左の蹴りを上体を反らしてかわすと、
ヤサカ少尉は彼女の背後に回りこみ、モーションを最小限に足払いをかける。
しかし、その攻撃を予測していたのか、クリスティア中尉はそのまま前方に飛び距離を
とる。

 「フッ・・・!!」
間を置かず、ヤサカ少尉が追撃。体勢を立て直したクリスティア中尉がそれを迎撃する。
ヤサカ少尉が(抜き手のまま)放った左右のストレートを、彼女が腕で弾き、
スウェーしてかわす。
ヤサカ少尉は意を決して一歩大きく踏み込み、クリスティア中尉と接敵する。
彼女は迎撃のために右のフックを放つが、ヤサカ少尉はこれも上半身の移動だけで
回避する・・・と、目の前に右腕を振りぬき、半身の状態になった彼女の姿が見える。
このチャンスを逃すまいと、すかさず次撃に移ろうとしたヤサカ少尉の顔面を、
クリスティア中尉の右肘がしたたかに打ち据えた。

 彼女は振り抜いた右腕を、今度はそのまま振り戻したのである。


-4-

 ヤサカ少尉は眉間の辺りを真っ赤に腫らし、芝生に大の字になって寝転んで(倒れて?)
いた。その右脇に、両膝を抱え込むようにしてクリスティア中尉が座っている。
彼女はヤサカ少尉が倒れ込むと、とどめを刺す事もなく、彼の脇に座り込んだ。
突然の格闘戦、その決着から数分・・・、二人ともずっとこのまま。

 ヤサカ少尉が恐る恐る眉間の腫れた部分に手を伸ばす、
「っ!!・・・いった〜」
傷に触れると痛むようで(当然だ)、彼は顔をしかめる。
「当たり前だ、本気で打ち据えたからな」
ヤサカ少尉の様子を、視線だけ向けて見ていたクリスティア中尉が、つまらなそうに
呟く。
「・・・何故とどめを刺さないんだ?」
ヤサカ少尉の問いに、クリスティア中尉は視線を正面に戻すと答えた。
「・・・こんな形で決着をつけても、嬉しくない」

 その答えを聞き、ヤサカ少尉は口元を歪めた。『してやったり』といったような笑みが
顔いっぱいに広がる。
ヤサカ少尉が笑っているのを、気配で悟ったか、たまたま目にしたのか・・・、
クリスティア中尉が怒気をはらんだ声音で言ってくる。
「何を笑っている!侮辱する気か!?」
「そう言うと思った」
すかさずヤサカ少尉が返答すると、その答えが意外だったのか、クリスティア中尉は
目を丸くした。
「三度目の・・・あの湖の上空で戦ってる最中に思ったんだよ。コイツはとんでもない
頑固者・・・自分で決めた事は絶対に曲げないヤツじゃないかってね。俺と決着を
つけるために、たった一機であんな無茶なマネをしたんだろう?」
クリスティア中尉は・・・ヤサカ少尉を睨んでいるが、頬が真っ赤になっていた。
自分の思考を読まれて恥ずかしいのか、それとも怒っているのか・・・。
「お前は・・・嫌なヤツだな」
彼女は視線を逸らし、ポツリと呟く。
ヤサカ少尉は『クスッ』と含み笑いをすると、
「褒め言葉と受け取っておくよ」
と言い、すっくと立ち上がり、クリスティア中尉に手を差し伸べた。
「ほら、そんな病人着でこんな所に居ると風邪をひく、医務室に戻ろう」
そして、自分の眉間(の腫れ)を示すと、
「俺も手当てを受けなきゃならないしね」
と言って苦笑した。

 クリスティア中尉は、彼の顔と差し伸べられた手を交互に見て・・・一言だけ口にした。
「前言撤回、お前は『本当に』嫌なヤツだ」

■同日夕刻 ゼナン領空軍基地
EP12  〈ブリッケン・ベース〉ミーティングルーム

 室内には一人の男と、五人の女性兵士の姿があった、ほかには誰も居ない。
男はゼナン軍技術将校、トーマス・フランク中佐。一方の女性達(中には『少女』と
言っても差し支えないような娘までいる)は、全員が制服を着込み、腕章からは
やはり全員がパイロットである事が解る。

 「・・・我々は、被検体ナンバー13、フォウリィ・クリスティアを欠くに
至ったわけだが、これは由々しき事態だ。対策は急を要する。」
フランク中佐の話を、五人は黙って聞いている。
「そこで、君達に集まってもらったわけだ。これから君達五人は、新設される
部隊のパイロットとして実戦投入される。これまでのような試験運用とは違う」
五人の顔を順に見ていくフランク中佐。
「最初の君達の任務は、ESBに回収された〈トーネード・プラス〉の奪取だ、戦略衛星
〈メサイア〉からの情報で、どこに運び込まれたのかも目星はついている。だが・・・」
一度、言葉を切る。
「『蛇』・・・〈ウロボロス〉の発進準備が進められているため、作戦プランの調整に
もう少々時間がかかる、作戦開始は8時間後の0130時、それまで各自身体を休めておけ、
以上」
退室するフランク中佐。
すると、今まで黙りこくっていた中の一人が口を開く、東洋系の顔立ちをした、
活発そうな娘だが、今は不安そうに眉根を寄せている。
「フォウリィ姉さんがやられたなんて・・・そんな」
「それ以上言ってはダメ」
割り込んだのは、ゴーグルのようなものを掛けた女性、落ちついた雰囲気の
人物ではあるが、その『ゴーグルのようなもの』のせいで表情はほとんど読みとれない。
彼女は言葉を続ける。
「これから私達は実戦部隊として戦うのよ、今からそんな調子では生き残れない・・・
エカテリーナ?」
名を呼ばれた女性は軽く頷くと、微笑を浮かべた。
『大丈夫、何も心配要らない』と仲間達を安心させるように。

 微笑によって細められた彼女・・・エカテリーナの紅い瞳は、窓からさし込む西日を
受けて輝いているように見えた。



−おわり 第13話へエンゲージ−



[Return]