一正詠草


春歌

元日によめる

いつまでもながらえて見む高砂の 尾上の松に齢くらべて


白雪のふる年消えて新玉の 今日を八千代のかつによみ見る


若菜
        

鴬の声に心もはれわたる のどけき空に若菜つまばや


つみたむる若菜に添へて梅が枝を 手折りて老か家つとにせむ

梓弓春野の若菜摘み見れば いる日も早くおもほゆるなり

むら消の雪のまにまにもえ出る 若菜をつみて千代を祈らん

物思ふ事も嵐に吹晴るる 長閑けきのへに若菜摘まばや


            

霞たつ水深き山もへだてなく 春告げそむる鴬の声

春たてば谷の巣山に鴬も 木高き梅になれてなくなり

谷の巣をけふたちそめて吹風に 声ほのかなり遠の鴬

春風に巣だたぬ谷の鴬の 氷れる涙解けて鳴くなり

鴬も思ひ残さん谷の巣に また来ん秋を誓ひてしかも

春知らぬ老が身なれば鴬も わが宿をのみよきて鳴くなり

春風に氷れる涙とけ初めて 今や巣だたむ谷の鴬

梅が香を尋ねくるてふ鴬も 心して鳴け花なみたしそ

浅茅原木深き峰もをしなへて 春告げ初むる鴬の声


            

咲初むる梅は昔の花なれど かはる我身の今や恨むる   

紅の色にましれる浅みどり にほひも深き梅の花園

浅みどり紅深く咲初めて 匂は四方に満つる梅が枝

色も香もあはれとぞ見し梅の花 枝たわむ迄咲満ちにけり

今はしも色香は満ちてうは玉の 闇をも照す園の梅が枝

梅が枝は雪かとぞ見る夜はただに 月の桂に光り争ふ

春雨のまたきにぬるる園の梅 かわく日かけを待ちて咲らん

去年植えし梅にしあれど今年あらば 魁けて見ん後れやはせし

春待ちて咲梅が枝に香に匂ふ 花をし見れば思ひだになし

文このむ軒はの梅も咲き初めて 昔の人も香に匂ふなり   


            

野に山にふりつむ雪と思ひしは なへて櫻の盛りなりけり

春霞たな引とのみ思ひしは 峰つづき咲く櫻なりけり

葦引の山のあなたに消え残る 雪かとばかり見ゆる花の木

待人のこませまほしく思ふなり うちむきて見ん庭の櫻木

咲花に心残せる乙女子が 帰る家路やはるかなるらん    

ふりはへて花見んとてや乙女子が 心も空にけふも行くなり

春日野の花見んとてや乙女子の袖ふりはへて今や行くなり

咲花に心乱るる乙女子が袖ふりはへてけふも行くなり

春深きみ山の松の下櫻 まだ消あへぬ雪かとぞ見る

咲初る色香は満ちて久型の 空をかすめる君が家の花

君が家の光まばゆき櫻花 道行く人も立どまり見む

君が家の花やみたさんよきて吹け 千年の後は風にまかせん

咲満る花やこぼれんよきて吹け 萬代ふとも風にまかせし


山櫻
        

春霞はれ間に見ゆる山櫻 花や雲井に咲つつくらん

千年ふる松にましれる山櫻 春のにしきと人や見るらん

よその散る後咲き初むる山櫻 花に宿りてあくまでは見む

咲満つる花の色香は久型の 雲井につづく山櫻かな


遅櫻
        

山陰の深き光りの遅櫻 花は友まつ雪かとぞ見る      

春遅き山のあなたの櫻花 ちると友まつ雪かとぞ見る


            

花みんと空にうきたつ吾妹子か 雲井に昇る心地してゆく  

花さそふ峰の嵐にふくる夜は 心長閑にいねもやられず


春風解氷 

鏡なす氷も解けて池水の 玉も乱るるけふの春風

春風に氷も解けて池水の 底の玉もの浮きて乱るる


冬歌


閑居歳暮 

暮れてゆく年も長閑に思ほゆる 世に交らぬ我身なりせば  


雑歌

君恩高し 

かけまくも君の恵みは久型の 雲井に見ゆる月はものかは


歎老
        

老ぬれば憂き事のみにかき曇る 心の闇の晴間だになし

だれもかくありなん物か老ぬれば 花も紅葉もなき心地する

去年に見し花は今年も咲ぬれど 身には春なき心地なり□

袖ひちて水結ふ手に小波の たつかとばかり見ゆる面影


述懐
        

世の中の人の心を花と見ん 今日は盛りに明日はうつらふ

さなく共寝られぬものを賎の女が 声喧しく団居せし夜は

うは玉の闇とぞ見ゆる人心 くまなく照らせ峰の月影


老人恨機
 

さなくとも寝られぬものをまといせる 声喧しき賎の女の機


            

いつまでもつきぬ齢を野辺の松 遠かた人も□き見るらん

我やどに千歳ふるてふ軒の松 萬代かけてかさしともなれ


            

影うつす鏡はあれど鑑とも いふべき人ぞ見まくほしけれ

面影をうつす鏡に曇りなく 心もみがけ朝な夕なに

題しらず 

古の長柄の橋を思いひただ 我身のあだは我身なりけり

雷の光りのかけを頼めただ闇路に迷ふ人もあらしな

雷の光りの影は玉はこの 道をも照す世とはなりけり

かきくもる空もいつしか雷の光りにはるる夜半と也けり

かく侘る人はあらじと古を 忍びぬる夜は夢も結ばず

世をたむるいさをし成りて草も木も 君が教になびく春風

名に高き月は見るとも武蔵野の 道なき原に迷ふなよ君



■貞吉の父・飯沼時衛一正は、飯沼家第10代当主。物頭を務め、家録は450石。戊辰時、白河口において朱雀隊小隊頭、のち青龍隊中隊頭となる。


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