建議書

 

慶応4年8月初旬(8月5日説あり)のある夕方、若殿の護衛の為に留守部隊とされた事を不満に思っていた白虎士中二番隊のメンバー(寄合白虎隊は既に越後方面に出陣、士中一番隊も容保公に随従して越後口へ出発した為)は、自分達もできるだけ早く出陣したいと願い、その方法を話し合う集会をもった。そこで、彼らは白虎隊を管轄する学校奉行ではなく、日新館主宰にして軍事奉行を兼任する家老の萱野権兵衛宛に建議書を出す事を決めた。起草委員は井深茂太郎と石山虎之助、筆を執ったのは井深茂太郎である。井深が書き上げた「建議書」を、嚮導の篠田儀三郎と安達藤三郎が持参し、萱野権兵衛に提出した。

原文は、『札幌にいた白虎隊士 ―飯沼貞吉―』(金山徳次著)、『歴史と旅』昭和57年10月号掲載の「白虎隊奮戦記」(白虎隊記念館編)を参考にさせていただきました。読み難い漢字には( )内に読み方を入れています。原文の雰囲気を壊さないよう、できるだけ旧漢字をそのまま用いましたが、画数が多い為に「?」で表示される可能性がある漢字は新字体に変えています。現代語訳は、原文にはない句読点や改行、黒色の( )内の説明など、文章を判りやすくする為に補った箇所がありますことをご承知おきください。


(原文)
建議書
 儀三郎等頓首頓首再拝書を国老閣下に呈す。今や我藩強敵を四境に受け守衛之士防戦最も努むと。然れども戦機一歩を誤り敵をして境内に入らしめば牙城危き事累卵(るいらん)も啻(ただ)ならざるなり。而して守衛之士永く国境に在り後援なく苦戦数旬身神共に疲累(ひるい)す。進退亦往時の如くなる能はず。是れ某等生兵を以て之に替り奮戦勇闘平常訓練の技を試み国家に殉ずるの秋(とき)なり。曩(さき)に学校奉行に面陣して出陣の事を以てせしも干今何らの命あるなし。荏苒曠日(じんぜんこうじつ)軍機を失うあらば臍を噬むも及ぶなけん。時機己(すで)に逼(せま)る。後命を竢(ま)つの暇(いとま)あらず。敢て閣下に白(もう)す。某等の心志執奏あらん事を。頓首。恐惶恐惶。

  萱野権兵衛殿閣下
 追伸 某等向ふ所の方面敢て自ら撰まず。只君命是竢(ま)つのみ。然れども敵兵の最も多き所敵情の最も萃(あつ)まる所痛望の至りに堪へず。閣下幸に意を注ぎ某等の心事を憫(あわれ)みて容(い)るるあらば則(すなわ)ち欣喜何加焉。再拝

(現代語訳)
建議書
 儀三郎等、頓首再拝敬意を表し、書を国老閣下に提出いたします。今や我が藩強敵を四境に受け、守衛の兵士は専ら防戦に努めております。しかしながら、戦機一歩誤って敵を境内に入れるような事になれば、城をも危険に晒す事態となるやもしれません。また、守衛にあたる兵士達は長く国境に在り、後援もなく苦戦を続け、心身共に疲労困憊しており、往時のように力を発揮できないのではないでしょうか。そこで、我々学生の身ではありますが、彼らに替わり戦地へ赴き、平常訓練の技を試みて奮戦し、国家に殉ずる時かと存じます。先に学校奉行にお会いし、出陣の嘆願をいたしましたが、未だ何の命令も受けておりません。虚しく日々を送り、時を延ばして軍機を失えば、後悔に及びましょう。時機は逼迫しております。学校奉行の命を待ってはいられません。敢えて閣下に申上げます。我々の志、どうかお汲み取りくださいます様、お願いいたします。頓首。恐惶恐惶。

  萱野権兵衛殿閣下
 追伸 我々は出陣の方面を自ら選びはいたしません。只、君命を待つのみにございます。しかしながら、敵兵の最も多い処、敵の士気が最も高い処への出陣を痛切に願っております。閣下が幸いにして(この建議書に)目を留めてくださり、我々の心情に憐憫を感じ、希望を容れていただけるならば、それほど喜ばしい事はございません。再拝


■頓首(とんしゅ):中国の礼式で、頭を地につけて拝礼すること。手紙文などの終わりに書いて、深い敬意を表す語として用いられる。
■恐惶(きょうこう):恐れ入り、畏まること。頓首と同様、手紙文などの終わりに書いて、深い敬意を表す語として用いられる。
■累卵(るいらん):「積み重ねた卵」の意。今にも崩れ落ちそうで、形勢が極めて危険なことの例え。
■荏苒(じんぜん)、曠日(こうじつ):虚しく日を送ること、事が延びること。
■臍を噬む(ほぞをかむ):後悔する、及ばない事を悔いる。



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