純白の翼 おまけ



 まさかここから見下ろしていようなどと、彼らは想像もしてはいないのだろう。
 電灯のつかない屋外の体育倉庫。灯り取りのために、その窓はあった。月明かりを背に身動き一つせず、彼は見つめていた。自らが穢した白い鳥が、更なる汚辱に塗れるのを。
 息を荒くして蠢く男。その男に彼は洋平を売ったのだ。洋平を自分から引き離すために。本当の意味で、洋平を捨てるために。
 罠を仕掛けたのはほんの偶然からだった。今では唯一の先輩が、口を切ったこと。
  ―― 例の、使ってみたのか ――
 果たしてあいつに判るのか。試してみたかった。綱渡りの甘美な誘惑。
  ―― 顔に爪で傷つけてみたんスよ。普通なら…… ――
 嫉妬に狂うあいつを見たかった。だから成功だった。だが、同時に悟ったのだ。どうあっても越えきれない壁が自分の前に立ちはだかっているということに。
 身体だけではありえなかった。そしてそれを手に入れたときから、彼は自分が手に入れたものを恐れずにいられなくなっていった。貪るように洋平を吸いつくし、犯し続けた。まるで気に入った玩具をそれゆえに壊してしまう、子供のように。
 不安だから試していた。心があることを知りたかったから、心のなさを証明していた。どこまですれば耐えられなくなるのかが知りたかった。やっぱり洋平の心は自分にはなかったのだと皮肉な笑いで納得できるように。
 偽りの中でありながら本当を求め続けてゆく魂。
 絶対に与えることのできないもの。どんなに尽くしても消してやることのできない残像。
 突き落とさずにはいられなかった。
 ただ盲目的に未来を信じる純粋さが許せなかった。
 偽りを本当に変える術はない。愛情は哀れみで屈辱だった。被征服者が征服者に対して抱いてはいけない感情。自分が欲していたものを見透かされているがゆえに許すことができなかった。
 汚れてゆく身体を見つめる自分が救われることはないのかもしれない。
 ただ見据え、自分の中にある最後の愛しさを泥に塗れさせ、洋平の中に存在する自分を地に落とすことによって幾分楽になれる気がする。自分の中には存在しない白さを洋平の中から消しさることが、自分自身をそのしがらみから解き放つ呪文になる。
 やがて、かの心の隅で自分を信じていた魂の光は静寂に打ち消された。引き継ぐものの登場はまるで予期せぬ出来事。いや、本当は予感していた。至極当たり前の結末を。
 癒せぬ孤独を。至福に彩られるであろう二つの別世界を。
 ただ、暗闇に浮かび上がる月明かりだけが知る。



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