ライセンス おまけ
華やかなパーティーのあと誕生するのは、一組の幸せ一杯のカップル。それが結婚式及び披露宴というものである。そして、二人が夫婦として認められて初めてする旅行のことを、世間では新婚旅行と呼んだ。ハニームーン。直訳するなら密の月。そしてここに今日、一組のカップルが誕生していたのだ。
新郎は、大きな身体とよく例に出される動物に似た顔を持つ、湘北署捜査課長の赤木剛憲である。そして新婦は、容姿端麗頭脳明晰才色兼備、四文字熟語のオンパレードに毒舌という魅力まで持つ、同じ捜査課の彩子女史であった。彼女は今日から赤木彩子となって、どうやって名字を書かずに彼女のことを書くかという著者の悩みを解消すべく、めでたく赤木剛憲の妻となったのだ。
二人は昼間の結婚式と披露宴を済ませ、ハニームーンに向かうため、国際空港に数人の見送りとともにいた。日本のホテルに一泊などという悠長なことはしていられない。彩子は一刻もたとえ一秒でも早く出国してしまいたくてうずうずしていたのである。
「それにしても彩子さん、よくこんな朴念仁なお兄ちゃんのこと口説き落したわね」
見送りには妹の晴子や陵南署捜査課長の魚住、そしてなぜか探偵の宮城リョータまでが顔をそろえていた。赤木を刺激しないよう、晴子が小さく彩子に尋ねる。彩子も夫の様子に最大限の注意を払いながら、晴子の問に答えていた。
「実力行使よ。既成事実はやっぱり強かったわ。ここ二か月くらいあたしがどれだけ頑張ったか、帰ってきたらゆっくり話してあげるわね」
「うん、楽しみにしてる。お土産もよろしくね、お姉さん」
そんな晴子の隣では、こちらは二人が気を遣っていることもその理由もまったく理解していないリョータが、泣きながらしきりにしゃべり続けていた。
「アヤちゃん、君はどうしてこんなゴリラ野郎と結婚なんか。オレがこんなに想い続けているっていうのに君って人は本当に意地が悪い。オレがちょっと離れてたから寂しかったのかい? だけどオレはこいつが恐くて……いや、そうじゃなくて、こんな男、君には絶対似合わないよ。この男の取り柄は身体の体積だけなんだって聡明な君に判らないはずがないっていうのに。本当にアヤちゃんを愛しているのはオレだけで、君を幸せにできるのもオレだけだ。すぐに判るだろうから不幸になったらいつでもオレのところに戻っておいで。オレはいつまでも待ってる。君と幸せになれる日を信じて待ってるよ。だけどとりあえず結婚おめでとう ―― 」
気の毒としか言いようがない話である。
さて、レッドフォックスが湘北署の所轄内で盗みを働いたのは、洋平誘拐事件を除けば計三回である。その前の陵南署の管轄での盗みを入れれば七回に上る。湘北署担当の二度目の事件、暁の美少年盗難事件のあと、赤木は謹慎を言い渡され、そのころから少しおかしくなりはじめていた。赤木の手による誤認逮捕が続発したのである。そのため湘北署に対する地域住民の信頼は落ち、どうにもならなくなっていた湘北署長は、彩子や魚住らと共謀し、赤木に長期休暇を取らせることにしたのだ。彩子の努力、そして署長や魚住らの努力が結晶し、今日の結婚式となった。しかし赤木の発作は時々起こるのだ。そう、ちょうどこんな感じで。
「見つけたぞ! レッドフォックスだ!」
今までなるべく刺激を与えまいと気を遣っていた周囲の行動は実を結ばず、突然赤木は叫んでいた。そうなるともうどうしようもない。走っていって似ても似つかないような青年をいきなり逮捕してしまうのだから。
「魚住課長、早く押さえて!」
「放せ! 今度こそ間違いない! レッドフォックスなんだ!」
「落ち着け赤木! こんなところにいるわけないだろう!」
「お兄ちゃん落ちついて!」
国際空港のロビー。混雑の残るロビーは、赤木の叫びによってさらにその度合いを増してゆく。常識で考えてもあるはずがないのだ。ここは湘北署のご近所ではない、遠く離れた国際空港なのだから。
しかし赤木の目に映った三人は、後ろ姿だったがレッドフォックスの特徴のほとんどを課ね備えていた。間違いない。今度こそレッドフォックス本人なのだ。
「放せーっ! 逃げられる! 国外逃亡だ! 魚住放せ!」
「お兄ちゃん!」
「課長!」
「赤木! ……なんてパワーだ。おい、お前! そこの探偵! 少しは手伝え!」
「は、はい!」
「レッドフォックス!」
遠ざかってゆく後ろ姿。今追い掛ければまだ間に合うのだ。このまま飛行機に乗られてしまえば、逮捕することは不可能である。国際捜査は県警の仕事ではない。今を逃したら赤木がレッドフォックスを逮捕するチャンスは、永久に失われてしまうだろう。
「レッドフォーックス!」
さて、その赤木の声が人込みを通過してどこへ消えたのか。
人を信用させるには普段からの行いが大切であるというお話。
終
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