フォックスアイ おまけ



 さて、湘北署のレッドフォックス対策本部。
 そこは今や臨時の病院とでもいいたいくらい怪我人でごったがえしていた。赤木はズキズキいたむ頭を抱えて呻いている。隣に座る魚住は首にむちうち症用のプロテクターを巻いて固定していた。池上はかわいそうに足を折っているにもかかわらず出勤してけなげに仕事をしている。そんな中を一人無傷な彩子がしきりにお茶を運んでいた。
 警察官といえどもサラリーマン。その仕事ぶりは見ていて痛々しいほどである。
「そろそろの筈なんですけどねえ」
 彩子が言ったのは、リョータの訪れがあまりに遅かったからである。高頭氏への交渉で散々ヒステリー菌をぶちまけられ、それでもなんとかリョータの写真をもらい受けることを承知してもらったレッドフォックス対策本部は、現像所から直接運んで来るというリョータの言葉を信じて今まで待っているのである。
 赤木やレッドと立回りを演じたほかの警官たちとの記憶をつなぎあわせて、前回よりはだいぶましなモンタージュが出来上がったところである。これでリョータの写真が加われば今後の捜査も少しは進展することであろう。
 やがてしびれをきらした赤木がそこまで見に行こうと腰を浮かせかけたとき、突然ドアが開いてリョータが顔を出していた。
「おお、待ち兼ねたぞ。早く見せろ」
「それが、ですねえ……オレにもよく判らないんで」
 ばつが悪そうにリョータが下を向く。そんなリョータをたしなめるように彩子は言った。
「どうしたのよ。はっきりしないなんてリョータらしくないわね」
「すいません、ちょっと一緒にきてもらえませんか。写真屋が訳の判らないことを言うんですよ。さっぱり意味がつかめなくて」
 リョータの話を聞いて、赤木はまだリョータが写真を受け取っていないことを知った。どうしても写真とフィルムをわたしてもらえないらしいのだ。赤木も理由も判らないまま、彩子を伴って写真屋に出向くことにしたのである。
 リョータが現像に出したという近所の写真屋で警察手帳を見せると、店の主人が出てきてむっとしたように言った。
「こういうものを出されては当店としても困るんですよ。風俗に関しては厳しいですからね。まあ、警察の方でしたらお渡ししますけど、二度とこういうことはごめんですよ。かりにもそういうものを取り締まるはずの警察の方なんですから」
 風俗? リョータが現像に出したのはラビットの写真の筈だ。それがどうしてこんな単語と結びつくというのだろう。
「……あの、どういうことですか?」
 そこで見せられた写真は、思わず目を覆いたくなるような写真だった。裸の女性や男女が絡み合うシーン。それらがフィルム一本すべてに納められていたのだから。
「なんだこりゃ!」
 よく見ると確かにラビットらしき人影もある。が、どうやら一つのフィルムに二度撮影されているらしい。ベッドのシーツや肌色に溶けて、ラビットの輪郭はほとんどうっすらとしか残ってはいない。これでは顔を特定することは不可能だった。リョータは裸を撮ったフィルムをカメラに入れっぱなしにしたまま二重にラビットを撮影してしまったのだ。
「どういうことだこれは」
 赤木のにらみにリョータはカエルになった。恐ろしさに身を縮ませながら口をぱくぱくと動かす。
「オレにも判りませんよ。……なんでかな。こんな際どいベッドシーン浮気写真の筈ねえしうちの事務所にはオレ以外の所員はいねえから変なフィルムが紛れ込む訳ねえしかといってオレがこんな写真撮れるはずねえし……ブツブツ」
 ブツブツ言いながらリョータは少しずつ後退りをはじめる。この場合取るべき道はただ一つ。三十六計逃げるにしかず。そうやってリョータが苦労して開けた距離を、赤木はひとまたぎにしておびえるリョータの手首をつかんだ。
「ひええ……、旦那ご勘弁を」
「期待させおって! 言い訳は署で聞こう。貴様がレッドフォックスに関係ないと決まった訳じゃない」
「そんなあ……オレは潔白だ! なんでオレがレッドフォックスなんかと仲良しじゃなきゃならないんだ」
「うるさい! さっさと歩け!」
 つれられてゆくリョータのバックに流れるBGMは『ドナドナ』。かわいそうなリョータはその好奇心と幸運ゆえに身に覚えのない罪にとらわれてゆくのである。

 リョータの写真が彦一の手によってかいざんされたことはレッドフォックスの面々とこの本の読者しか知らないことである。彦一がどうやってフィルムに裸の写真を焼き付けたかは想像におまかせするとして、さて、リョータの運命やいかに。

おわり

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