FINAL QUEST 1



  序章  闇の城


 密度の濃い闇が、森全体を覆い尽くしていた。
 欝蒼と曲がりくねった木々が絡み合うように樹木の海を形作っている。その合間を吸血蔦がひっそりと巻きつき、獲物の進入を待ち受けている。下生えのぬめりは命を失った木々の葉やかつては生きて森を謳歌していた魔物の死骸が蓄積してできた底無し沼。何万年も変わることなく営みを続けてきた闇の森。
 ひとたび迷い込めば生きて戻ることなどかなわぬ。
 その深い闇の森の一角に、城はあった。
 黒曜石を切り取って積み重ねたかのようなその名に相応しく重厚な闇の城。基本は黒。しかし見る角度によって何色にも見える外壁は、すべて闇の力によってその形を与えられていた。闇の城であるにもかかわらず、不思議なことにその城は闇の輝きを放っていた。魔物の王の居城は異様な美しさに満ち溢れていた。
 その城の玉座に、魔王はいた。漆黒の闇を固めたような艶やかな黒髪。そして、宇宙の闇を溶かしたかのような漆黒の瞳。闇色の衣に身を包み、瞑想を続けながら両手を前へ伸ばしていた。その手の先には人の頭ほどもある黒水晶の球体が台座に据えられてあった。魔王が見ている前で、黒水晶の中に一つの光が通り過ぎ、やがて消え去っていった。
 美しき魔王はほんの少し目を細めた。すると、玉座の間の中央、闇の中に、一つの影が浮かび上がってくる。それはまるで闇が集まり形となったかのように。影は少しずつ形を変え、やがて一人の少年の姿となった。闇を映した、一人の魔物を。
「流川、呼んだか?」
 少年は言い、玉座に形ばかりの礼を尽くす。魔王は立ち上がって少年を迎えた。近づいてくる少年をマントの中に迎え入れて、唇を触れる。少年は馴れていた。だが、なぜ魔王流川が自分の唇に触れるのか、その理由を知ることはなかった。
「水戸、光の神木に道ができる」
 少年を抱き寄せその名を呼びながら、流川は言った。水戸は僅かに身じろぎした。
「花が咲くとき、子供が産まれる。子供は成長して大人になって、魔王を滅ぼす勇者になる。オレは、その勇者に殺される」
 黒水晶の中に、流川は運命を見ていた。やがて殺され滅ぼされる魔王の運命を。水戸は、流川がなぜ自分を呼んだのかを知った。勇者は殺すことができないかもしれない。だが、子供ならば殺すのはたやすいのだと。
「光の神木を守ってる村に産まれんだろ? どうせだったら村ごと滅ぼしてやるよ。絶望の感情は最高に甘いからな。いいごちそうだ」
 流川はもう一度水戸を引き寄せ、唇を触れた。それはめったにない出来事だった。一度の会合で二度唇を触れるなど、水戸には覚えがなかった。気が遠くなるほど長い時ともに生きてきて、もしかしたら初めてだったかもしれない。
「人間の死骸を喰う魔物を連れていけ。それから、副将に鉄男をつけろ」
 鉄男は人間を幻覚の中で惑わし絶望に追い込んで殺す魔物だった。その魂を喰う。副将をつけろという流川の言葉は、水戸には意外だった。村一つを滅ぼすなど、水戸には造作もないこと。しかし流川は魔王。闇を操る魔王には、ただ人間の感情を喰って生きる水戸ごときでは、逆らうことなどできなかった。
「お前は、確実に子供を ―― 。子供は赤い髪をしてる。すぐに見つけられる」
 子供を殺さなければ流川は死ぬ。自分が生きるために最善の力を尽くす流川らしいと水戸は思った。流川が一番信頼しているのは自分なのだと、それを誇らしく思った。相手は子供だ。十何年か経てば勇者でも、産まれたてのただの赤ん坊を殺し損なう事などないだろう。
 水戸は闇の城を飛び立った。副将に鉄男と、多くの魔物達を引き連れて。








  第一章  少年


     1

 少年は夢を見ていた。
 夢を見ている少年は、それが夢であることを知っている。時々この夢は眠っている少年に襲いかかるのだ。見知らぬ村。今、村は炎をあげてたくさんの魔物達に襲われていた。
 逃げ惑う人々を、少年はじっと見つめていた。魔物達に襲われて喰われてゆく大人達、子供達。その情景を、少し高い位置から、少年は見下ろしている。自分では動くことも逃げることもできない。ただ泣くだけだった。その理由も判る。少年はこの夢の中では、まだ産まれたばかりの赤ん坊なのだから。
 その少年を抱いているのは、顔は見えなかったが少年は一番よく知っていた。自分が一番信頼する人。大好きで、側にいたくて、絶対に離れたくないと思っている人。
 彼は少年を守ってくれたのだ。魔物の襲撃から少年を救い出し、その腕に抱いて、連れて逃げてくれた。やがて少年はその腕の暖かさに安心して眠りにつく。それが夢の終わりだった。いつも彼の腕に信頼を寄せて、少年は目を覚ますのだ。
 燃え尽きた焚き木を、彼は片付けていた。目をこすりながら起き上がって、少年は朝のあいさつをする。
「おはよう、洋平」
 洋平は小さな黒髪の少年を一瞥しただけで、荷物を肩に担ぎ上げた。朝の仕事は焚火の片付けが最後なのだ。
「行くぞ、花道」
「あ、もうか? ちょっと待てよ!」
 昨日野営を決めた場所は、森から少し離れた草原の木の下だった。夕闇から夜の闇を通り過ぎ、朝を迎えるとあたりの風景は一変する。光に満ちた梢は昨日は判らなかった鳥の巣があって、雛鳥特有の高いさえずりを聞かせてくれたりする。遠くまで見渡すことのできる草原は、春の花がそこかしこにひっそりと咲いている。置いていかれないようにすばやく荷物を持つと、花道はちょこちょこ駆けながら洋平のあとを追い掛け、合間にたっぷり光を含んだ空気を吸い込んだ。花道は朝が大好きだった。この春にちょうど七才になった花道は、旅の間に巡り逢うすべての季節、すべての風景に、初めての感動を味わっていた。
 花道は旅人だった。ずっと洋平の側にいて、その洋平が旅人だったから、花道も旅人だった。
 洋平の歩く速さは、いつも花道が楽に歩ける速さより、ほんの少しだけ速かった。朝はそれでもよいのだけれど、夕方になり、疲れてくると、花道は必死で洋平について行かなければならなかった。洋平はいつも花道がちゃんとついてきているのか確かめようともしない。前を向いたままで、花道が疲れて座り込んでしまっても、構わずに歩いていってしまうのだ。だから花道は疲れていても休めなかった。洋平に遅れないように、必死で歩かなければならなかった。
 歩いているときだけではない。朝、花道が寝坊をすれば、洋平は花道を起こさないでさっさと出かけてしまう。これまでも何度も花道は置いてきぼりをくらって、必死で洋平を探し回ったことがあるのだ。草原や山の一本道ならばそれでも逸れずにいられるが、森の中で見失ったら二度とは巡り逢えないだろう。森には魔物もたくさんいる。子供の肉を狙って舌なめずりをしている魔物に襲われたら、まだ七才の花道ではひとたまりもないだろう。
(洋平はほんとはオレのこと嫌いなんかな)
 洋平の大きな背中を見ながら、時々花道は考える。物心ついたときから洋平はずっと花道の側にいた。旅をして、東の方角に向かっていることは判るけれど、洋平は花道には何も語らなかった。なぜ、旅をするのか。どうして二人きりなのか。そして、洋平は何者で、花道は洋平の何なのか。
(夢ん中の洋平はすごくあったかくて優しいのにな)
 あれが夢ではなくて、本当のことならいい。魔物達の襲撃から守って助けてくれた洋平が本当の洋平ならば、今よりももっと好きになれるのに。時には兄のように。そして、時には無条件で自分を愛してくれる、偉大な父親のように。
 まだ七才の小さな花道は、ただ誰かに愛されたがっている、一人の少年でしかなかった。

 森の植物と持ち歩いている乾した肉とで昼食を終えると、洋平は花道に言った。
「夕方には武里公国の領内に入る。最初の村で仕事を見つけるからな。愛想よくしてろよ」
 春は同時に、二人の旅の休息の季節でもあった。村の農作業が始まるのだ。冬の間村人は腹を減らした魔物に襲われる。そうして人手が足りなくなった村人に雇い入れてもらい、秋まで村に住んで仕事をするのだ。収穫の頃、賃金を受け取って二人はまた旅に出る。花道が生まれてから七年間も繰り返してきた生活だった。
 大人の価値を決めるのは子供の善し悪しだと言っても過言ではない。いい子供を連れていれば、親の育て方がよかったのだということになり、親の信頼度も増すのだ。そうすれば洋平が仕事を見つけるのに苦労しなくて済む。花道にはよく判っていた。明るく元気な子供でいることが、洋平を助けることになるのだと。
 夕方になり、公国の領内の最初の村に近づいた頃、洋平はぴたっと足を止めた。そして周囲を油断なく見つめる。その緊張感は花道にも伝わっていた。すばやく荷物を腰に縛り付け、洋平の腰から下がっている紐を片手で掴んで片方の手を空けた。逢魔が刻。二人の前に、魔物達が現われたのである。
「離れんなよ、花道」
「判ってら! 油断なんかしねえよ!」
「おとなしくしてろ」
 魔物の数は多くはなかった。だが、獰猛で、人肉を好んで食べる魔物である。夜は魔物達の活動の時間だった。おおかた二人をていのいい朝食だとでも思っているのだろう。
 しかし、洋平の剣術はなかなかのものだった。花道が張り付いていたからそれほど動けなかったが、右へ左へと魔物を振り、屠り、動きを止めてゆく。その度に花道は左右に振られて転びそうになる。だが何とかバランスを取りながら洋平の動きについていった。この戦い方に、花道も洋平もすっかり馴れていた。自分の身を自分で守ることのできない花道は、洋平の後ろにいるこの状態が一番安全なのである。
 やがて魔物のすべてが片付くと、洋平は剣先の露を軽く払って鞘へ収めた。異臭の立ちこめる草原にあって、洋平は無表情だった。魔物に出会ったあと、洋平はいつも以上に無口になり、機嫌が悪くなる。花道は、洋平は本当は魔物を殺すのが嫌いなのだと思った。強くて、ほとんど一撃で急所を抑えて殺すことができるのに、そんなに強いのに魔物を殺したくないのだと。
 洋平は、本当はとても走るのが速いのだ。だから魔物に囲まれても殺さずに逃げることだってできるはずなのだ。それでも逃げずにいつも一撃ですべて殺してしまうのは、洋平ほど速く逃げることのできない花道がいるからだった。花道を守るために、洋平は魔物を殺しているのだ。
 花道は魔物に襲われると嬉しくなる。置いて逃げてしまえば済むのにちゃんと花道を守ってくれるから。夢の中の洋平と同じように、ちゃんと守ってくれたから。
(オレが、もっと強くなれたらいい。そうしたら洋平だって魔物を殺さなくて済むんだから)
 強くなりたい。そしていつか、洋平を守れるくらいに。
「洋平、新しい村に行ったら、オレに剣術教えてくれ」
 もう七才なのだ。剣の扱いを覚えておいて不思議な年齢ではない。
 しかし洋平の言葉は花道を絶望的な気持ちにさえした。
「お前は剣術なんか知らなくてもいいんだ。魔物を殺すことなんか覚えなくていい」
「何でだよ! 旅人の子供が七才で剣も使えねえんじゃ話んなんねえよ!」
「……オレのいうこと聞けねえんなら勝手にどこへでも行け」
 言葉にして言われたことはあまりなかった。だからこそ堪えた。花道はただ洋平と一緒にいたいだけなのだ。洋平がどんなに花道を邪魔に思っていても。
 明るい子供として村にいた去年の秋、旅に出ようとした洋平に村の夫婦が言った。魔物に殺された息子の代わりに花道をもらえないかと。洋平は断ってくれなかった。花道は泣きながら洋平のあとを追い掛けていかなければならなかった。
 強くなりたい。強くなって、洋平に邪魔にされない男になりたい。
 わずか七才の花道は、こうして自分の未熟さを思い知らされるそのたびに、改めて自分の決意を心に刻むのである。

 村に着いたのは、とっぷり日の落ちた夜の始まりの時刻だった。
 洋平はお決まりの宿屋の看板を探していた。宿屋も、武器屋も道具屋も、旅人の利用する施設はだいたい似たような看板が掲げてあるのが常なのだ。それに宿屋は酒場を併設している場合が多い。特に小さな村ならば、宿屋だけで商売するなど無理な話で、酒場もほとんど近所の寄り合い所といった風情である。洋平が花道を伴って足を踏み入れた酒場は、そういう場所だった。
 形だけの扉を入ると、狭い店内には四五人の職人風の男達が思い思いの格好で酒を汲み交わしている。宴会という風ではない。料理もあらかた片付いた様子で、テーブルには皿が二三並んでいるだけだった。洋平は初めての客がたいていそうするように、カウンターの方へと腰掛けた。
 見慣れない少年の二人連れに客達は好奇の視線を向け、その一人の視線が花道と合うと、花道はにっこりと笑って洋平の上着を引いた。自分の保護者に、あっちへ行ってもいいかと尋ねるように。その愛らしい仕種に客の男達の表情が弛む。そうしてやっと保護者の許しをもらった花道が客のテーブルに駆けてゆくと、男達は花道のために席を用意してやり残りものの食べ物を勧め始めたのだ。
「ぼうず、名前は何ていうんだい?」
「オレ、花道ってんだ。そんであっちが洋平」
「そうか、花道か。いくつになったんだ?」
「こないだ七才になったんだ。オレは春の花がいっぱい咲いてるときに生まれたんだぜ。だから花道ってんだ」
「そうか。そいつはいいな。ほれ、たっぷり食べな。女将! なんか子供の口に合うもん適当に見つくろってくれ!」
「はいよ!」
 そうして花道がタダ飯にありついている頃、洋平はカウンターで調理や片付けをしている主人に話しかけられていた。こちらは花道のように無条件で歓迎されている訳ではない。宿屋や酒場は、よそ者が真っ先に利用する施設なので、変な者が村に入り込まないように人物を見極める必要があるのだ。酒場の主人に警戒されては職を探すどころではない。だが逆に言えば、この男に気に入られさえすれば、その後の村での居心地のよさは決まったようなものなのだ。
「兄ちゃん、ずいぶん若いみたいだけど、いくつだい?」
「十五」
「その年であんなちっちゃい子と二人旅かい。親御さんはどうしなすった」
「母さんは魔物にやられた傷が元で病気んなった。父さんはオレ達置いて出てったきり、どこ行ったか判らねえんだ。そんで母さん一昨年になくして、オレと花道だけじゃ食ってけねえから思い切って父さん探しに村を出てきちまったんだ」
「ほお、そうかい。……ぶどう酒は飲めるか?」
「持ち合わせがこれだけしかねえからあいつの分の宿代と合わせて適当に食わせてくれる? たんねえと出世払いになっちまうから」
「……ま、とりあえずこいつはオレのおごりだ」
 宿屋の主人に財布を預けた洋平の素直さが主人はいたく気に入っていた。連れている子供も素直で元気ないい子である。テーブルからは笑いが絶えないし、そろそろ帰りかけていた男達が再び盛り上がって酒や食べ物を注文すれば商売に悪い訳もない。
 一晩泊まって翌日、小さな村には愛らしい子供と放蕩親父に苦労する気の毒な少年の噂はまたたく間に広がっていた。店には噂の少年から話を聞こうと男達が集まってくる。客足はとだえず、春特有の開放的な気候もあって人々は沸き、数日後には洋平は一軒の古びた住まいと、これから半年の仕事を手に入れることができたのである。
 古い家に若干の手を入れて住みやすくなった頃、洋平と花道は宿を出てそちらに移り住んだ。宿を出るとき、主人はなごり惜しそうに洋平の手を握った。もちろん小さな村であるからなにかしらつながりを持たなければ暮らして行けないのだが。
「洋平、お前さんが来てから村が賑やかになった。もっとうちの宿にいてほしかったんだけどな。これ、預かってた財布だ」
 戻ってきた財布の中身は預けたときよりも少し増えていたくらいだった。洋平達がいた数日間の店の売上げは相当なものだったのだろう。
 その日から、洋平と花道のつつましやかな暮らしが始まっていた。昼間洋平は農作業の手伝いに汗を流し、花道は近所の子供達と元気よく遊んだ。そして夜には小さな家で寝る前のわずかな時間を花道の報告につきあい、二組の布団に横になった。そんなささやかな暮らしは、花道にとっては洋平において行かれる心配のない、やすらかな日々だったのである。
 その頃、花道は洋平に報告しない噂話を聞き付けていた。魔物が頻繁に現われて川上に薬草摘みに出かけた若いおかみさんが襲われたというのである。魔物の話は、たとえ話だけでも洋平の機嫌を悪くする。花道はできるだけ洋平の耳に入れまいと頑張っていたが、わずか七才の子供がどうにかできる問題ではなかった。やがて花道の遊び友達である女の子までが襲われると、小さな村は大騒ぎになった。それまで安全とされてきた子供の遊び場にまで魔物が現われたのである。
 村の男達ですぐに魔物退治の有志隊が結成された。その有志隊に洋平が編成されることはなかったが、こうなれば洋平の耳に入らない訳もない。その日、仕事をして帰った洋平は明らかに不機嫌だった。しかし家の扉を開けたとき目にしたのは洋平以上に様子のおかしい花道だったのである。
「花道、なにしてんだよ」
 家の中は真っ暗だった。その暗闇の中に、花道は膝を抱えてうずくまっていた。闇の中、わずかに光を放つ花道。それは洋平にしか見ることのできない、花道の魂の輝きだった。
 洋平の姿を見て、花道は駆け寄ってきて洋平の腰にしがみついていた。花道の目には涙があった。悲しみの感情が洋平の中に流れ込んできて、久し振りに洋平はその独特の不思議な浮遊感を味わった。
「洋平! 美弥が死んじゃった! 死んじゃったよお」
 それは魔物に襲われた女の子の名前だった。危篤状態だと聞いていたけれど、とうとう死んだということなのか。
 洋平は知らなかったが、花道はずっと美弥の家の前で神様に祈っていた。そんな花道の優しさに打たれて、美弥が死んだとき、大人達は真っ先に花道に知らせたのだ。美弥は神様に召されたと。そして今頃は魂だけの存在になって天国で幸せに暮らしているのだと。
「オレがいけねえんだ。美弥達が遊んでたのに置いて先に帰ってきちまったから。オレがもっとずっと一緒に遊んでれば守ってやれたのに」
「……それなら自分が襲われねえで済んだことを喜べよ。一緒に遊んでたらお前も襲われたかもしれねんだぞ」
「そんなの……喜べる訳ねえだろ!」
 もっと洋平をなじってやりたかった。だけど、花道には判るのだ。襲われなかった子供の親達の気持ちが。美弥の親は悲しんだ。それを見守る回りの親達は、その悲しみに同情してもやっぱり襲われたのが自分の子供じゃなかったことの方を喜んでいた。洋平も同じなのだ。洋平も、襲われたのが花道でなかったことの方を喜んでいるのだ。
「オレがもっと強かったら守れるんだ。洋平、オレに剣術教えてくれなくてもいい。オレ、自分で強くなる。だからオレに剣をくれ」
「だめだ」
「新しく買ってくれなんて言ってねえだろ! 洋平が使ってない方の短い奴、あれを貸してくれ。大切に使う。絶対怪我したりしねえから」
「だめだって言ってんだろ。言うこと聞かねえ奴は追い出すぞ」
「何でだよ……」
 この村ではみんな持っていた。武器屋でも、子供用の使いやすい剣を置いていて、子供達は剣術の練習に精を出していた。大きくなったら戦士になって村を守るのだと。持っていない花道の方がおかしいくらいだった。理由があるならその理由を聞かせてもらいたかった。
「お前は剣なんか使うんじゃねえよ。棒切れ振り回すのもだめだ。襲われそうになったら逃げろ。オレの仕事場まで逃げてきたら助けてやっから」
 だけど武器を持っていたら撃退できる。洋平のところまで無事に逃げられたとしても、それまでに村の中にいる人達に襲いかからない訳はないのだ。それでは花道は助かっても多くの犠牲を出してしまう。やっぱり洋平は花道だけ助かればそれでいいんだろうか。
 小さくて、お荷物で、だからいつも洋平に邪魔にされていた。そんな花道でも、洋平にとって自分はほかの人間とは違うのだろうか。ほかの子供の親達のように、洋平は花道を自分の子供だと思って、大切にしてくれているのだろうか。
 花道は、洋平が自分のことだけ大切にしてくれるというなら、それでもいいと思った。洋平が自分のことだけを大切にしてくれるのならば、花道がほかの人達を大切にすればいい。花道がほかの人を守れば、花道を守る洋平もほかの人を守ったことになるのだから。
「洋平、美弥の魂は天国へ行けたかな。美弥の母さんが言ってたんだ。天国で幸せに暮らしてるって」
 そうならいいと思った。もしもそうなら、ずっと未来に花道がそこへ行ったとき、また一緒に遊ぶことができるのだから。
「花道、人間の魂は天国になんか行かねえ。魂は身体から離れたあとすぐに魔物に喰われるんだ。だからその子も今頃は魔物の腹ん中だ」
 洋平の言葉は、子供の花道にはことのほかショックだった。人間は誰も死んだら魔物に喰われる。花道も、洋平も。花道はその話を誰にもできなかった。嘘ならいいと思ったけれど、花道は洋平の言葉の方を信じた。それは、花道のそれまでの世界に、洋平しか存在していなかったからだった。
 それから三日間、花道は眠れなかった。そしてその出来事は、大人になってからもずっと、花道の心の中に残っていくのだった。


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