DRIVING COLOR おまけ



 花道のシュート合宿から一週間ぶりに戻ると、アパートの前で意外な人物が洋平を待っていた。駐輪スペースに預かったままのバイク。その前に立ちつくしていたのはヒロシだった。
「用事があるってのは聞いてたけどな。まさか一週間留守にするとは思わなかったぜ」
 明るい陽射しの下でまともにヒロシを見るのは初めてだった。髪を掻き上げて笑って見せるヒロシは、あのときの危うさなど微塵も感じさせなかった。
「さっそく片桐のパシリかよ」
「言ってくれるじゃん。堂々フケやがった奴がよ」
「どっちがだ」
 階段を上がる洋平のあとにヒロシはついていった。玄関で洋平が立てた親指に促されて部屋に上がる。一年前に住み始めてから、洋平の部屋に女が入るのはヒロシが初めてだった。窓を開けて澱んだ空気を追い出すと、洋平は聞いた。
「居心地はどうだ」
「なかなかいいぜ。信の奴はまともだからさ、ああいう平和な奴といるとほっとする。毎日アブラムシの世話やいてるよ。おかげでまたアブラムシが増えちまった」
「そいつはお気の毒様」
「気に入った。クラッシャーは」
 ヒロシは自分よりずっと素直な奴だと、洋平は思った。素直でいられるのは強い証拠だ。ヒロシは自分の居場所を見つけた。洋平は未だに見つけられずにいる。
 誰かが花道からバスケを奪ってくれればいい。
「惚れた?」
「信に? まさか」
「サイタマの女から奪っちまえよ」
「信が惚れてるのはてめえだよ、水戸洋平」
 洋平は、なぜバイクを取りに来たのがヒロシだったのか、その理由を知った。ヒロシは洋平を見ていた。射抜くような瞳。
「阿修羅の残党はほとんど散った。けど、一番危険な奴らはまだクラッシャーを忘れてねえ。これから先、クラッシャーが隙を見せたら最後、狙ってくるつもりだ。アブラムシが使えるようになるにはまだまだ時間がかかる。オレらには水戸洋平が必要だ」
 五年前か、五年後なら乗っていたかもしれない。クラッシャーに水戸洋平が必要なのと同じく、水戸洋平に片桐信が必要であることも判っている。しかし不可欠ではない。
 洋平はあの時、花道を選んだのだ。ヒロシは片桐を選んだ。
「クラッシャーにこれ以上アブラムシはいらねえ」
 明快な洋平の回答に、一番ほっとしたのはヒロシだったかもしれない。
 戦うべき敵はいつも、己の内にこそ存在する。



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