CITY COLLECTION おまけ
花道は基本的に決まりごとは守る人間である。それほど記憶力はよくなかったので、何か関心のあることにであってしまったりすると我を忘れてはまってしまったりするのだが、そういったことがないかぎり、約束の時間に遅れるようなことはなかった。だいたい十分は前にたどり着くように時間調節をする。そういった意味では、花道はけっこう神経質なのである。
だからよく花道と約束をする彦一なども、十五分ほど見込んで待合せをするのが常であった。花道を待たせると大変なことになるのだ。相手が来ないのではないかとよけいな心配をしてひたすら暗くなるので、フォローもひと苦労である。そのあと一時間を花道を慰めるために使うことを思えば、十五分間早く来る方が気が楽なのである。
レッドフォックスの盗みから一週間。花道もようやく失恋のショックから立ち直り、彦一との約束の場所に鼻歌混じりに向かっていた。今日はそれまでのツケをすべて支払う約束の日なのである。銀行でお金をおろした花道は、無造作にポケットに札束を突っ込んで、人気のないあたりを歩いていった。
約束の場所に近づいていた。見覚えのあるかりあげ頭を見つけて声を掛けようと手を挙げたとき、その声が響いたのだ。
「そらなんぼなんでもせっしょうってもんでっしゃろ、ドラゴンさん」
花道は反射的に物陰に隠れた。ちらっと見ただけだったが、彦一の向こうにいたのは確かにドラゴンだったのだ。
「きさまが警備システムの情報流さねえからオレは奴らにこてんぱんにやられたんじゃねえかよ。それなのにここまでふっかけようってのか? 自分一人だけ甘い汁吸えるとでも思ってんのかよ」
「だからってここまで値切らんかて……うちとこでも生活かかっとんのですし」
まだまだ粘ろうとした彦一ではあったが、花道との約束の時間まであとわずかであることを思い出して、ため息一つであきらめる。こんなに時間を詰めたつもりではなかったのだ。すべてはドラゴンが時間にルーズだったため、時間に追われるはめになったのである。
「判りました。それで手え打ちまひょ」
ドラゴンは彦一に値切りまくった代金をわたすと、当然というように胸を張って帰っていった。彦一はすばやくふところに隠す。そしてなにくわぬ顔で花道を探す仕草をしたとき、物陰からにやにやと覗いている花道と目が合ってしまったのである。
「よう、彦一」
彦一の顔から血の気がさーっとひいていった。今の会話を聞かれたのだ。もともと根が正直者でとっさにごまかすというのが洋平ほど上手でない彦一は、花道が近づいて来るのを呆然と見守ることしかできなかった。
「オレの記憶に間違いがなければ今のはドラゴンだよな。なに話してたんだ?」
「あ、あの、ちょっと世間話を……」
それでもごまかそうと汗をかきながら言う。花道も単純な奴だったがそれほど世間に疎い訳ではない。会話を盗み聞いて、彦一の行動の意味を理解していたのである。
「てめえは情報屋で金もらって生活してんだよな。別にドラゴンに情報売ってたって世間様に顔向けできねえ訳じゃねえ。そんなに焦ることじゃねえだろ?」
花道の言葉は言葉自体はやさしげだが、その口調は彦一を震え上がらせるものがある。
「あの、レッドさん、それはつまり……」
「だけどよ、オレはお前の言ってみりゃお得意様だろうが。ポッと出のドラゴンとオレとじゃ、オレを優先してくれたってバチはあたらねえ。同じ情報で二重に儲けようとするんじゃスジが違わねえか? 断るくれえの度量はほしいぜ、やっぱ」
花道の言う通り、彦一は二人に同じ情報を売って二重に儲けようとしたのだ。関西人のそろばんの巧みさと言えばそれまでなのだが、それを盾に開き直ってしまえるほど彦一は悪人ではありえなかった。
「だけど、レッドさん。情報欲しいって最初に言わはったのはドラゴンさんなんですよ。わいも商売人ですし断るのも……」
「つまり、ドラゴンのこと知っててオレに隠してたってことか」
語るに落ちるとはまさにこのことである。彦一は青い顔を更に白くして焦りまくった。
「堪忍してください、レッドさん! この通りやさかい……」
人っ子一人いない場所だったので、彦一は土下座して花道に頭を下げた。何につけても謝るのはタダである。ここでへそを曲げられてはせっかくツケを払ってもらえる約束もパーになってしまうだろう。
「まあ、オレも鬼じゃねえ。だけど今回の情報料はドラゴンから貰ったしいらねえよな」
既にドラゴンにも値切られていた彦一は、その言葉に白い顔を透明に変えてしまう。
「そんな、殺生な……」
「いっそツケも帳消しってのはどうだ? せっかく払おうと思って持ってきてやったんだけど、残念だ」
「レッドさん! 頼んます! それだけは勘弁してやっておくんなはれ」
「……まあ、昔なじみのお前だ。オレもそこまで冷たかねえ。義理と人情に免じて帳消しってのはなしにしてやる。そのかわり、ツケの支払いはまたあとだな」
これ以上言って花道を怒らせてしまえば、さっきのツケの帳消しの話を蒸し返すことにもなりかねない。そう思った彦一はあきらめた。そのうち払ってもらえるだろうことを祈って。
そうして彦一は、自らの不徳からせっかく花道にツケの全額を払ってもらうというチャンスをふいにしたのである。
思えば花道の情報屋であることが彦一の最大の不幸なのかもしれない。
おわり
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