砂の墓標 おまけ
古代遺跡の砦に向かって歩きはじめてから、6日目の朝を迎えていた。
出発のとき、5日分しか食料を用意しなかった2人である。広い砂漠で動くもののない荒野であるから、この日の食料をほかから調達するなどできようはずもなく、目覚めた桜木は空腹を抱えて大きな溜息をついていた。流川によれば、今日の夕方には砦に辿り着けるはずだった。その流川は隣で静かな寝息を立てていて、桜木の苛立ちを更に増幅させる。
「流川、起きろ。腹減った」
流川を愛しいと思う気持ちに変わりはなかったが、こうも平和に安眠されるとそんな暖かい気持ちも忘れてしまいそうになるのだ。
流川の寝覚めはいつもより悪いという訳もなく、かといってそうよくもなかった。のろのろとした動作で起き上がり、だが意外なことに枕元の鞄を引き寄せながら言ったのだ。
「……怒るな。みっともねえ」
流川の鞄から現われたものに、桜木は目を見張った。それは昨日まで桜木が消費していたと同じ携帯食だったのだ。それも2箱である。驚きのあまり桜木は言葉を失う。確かに6日前に食料を用意したときは、流川も桜木と同じ数しか持たなかったはずなのだ。
あの日、2人は互いの装備を確認し合った。同じ数しか持たなかった2人のうち流川の方だけ食料が余っていたとしたらそれは ――
「お前……まさか食わなかったのか!」
3日間の食料を半分に抑えた流川。その蓄積は9箱である。2人の1日分にあたる。
「食ってた。てめえも知ってるはずだ」
「ふざけんな! 食ってたらてめえだけ残る訳ねえだろ! お前、飯減らしやがったな!」
3日前の流川の冷たかった身体を思い出す。このまま死んでしまいそうなほど冷たくて、桜木は必死で温めた。それから毎晩服の上から抱き締めた。冷たい身体が悲しくて、愛しくて。
「……冷てえの、当たり前だ。何で俺、気づかねえで……」
自らを責めて桜木が落ち込む姿は、流川にとって一番見たくない光景だった。そのためにならどんな犠牲でも払うだろう。たとえその身を生命の危険にさらそうとも。
「腹を減らしたてめえはうるせえ。そういう奴と一緒に歩きたくねえ……」
「流川……」
「判ったらさっさと食え。あと1日。それ以上遅れたらその時は餓え死にの渇き死にだ」
桜木ははっとして流川を見つめた。今なら判る。この憎まれ口が流川にとっての最高の思い遣りで、最悪の照れ隠しなのだということが。
「……判った。俺がお前の食料食ってお前が冷えた分、毎晩温めてやる。それでおあいこだ。触られるの嫌だとか言わせねえからな」
これから訪れる幾百の夜を、この流川とともに過ごすことができることに、桜木は一番穏やかな気持ちになっていた。
そして流川は、この赤い髪の戦友によって、いつしか人の暖かさを覚えてゆく。
終
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