MIDNIGHT ACCIDENT
〜HANAMICHI Vision〜
生まれたときから、俺は人間関係で悩んだ記憶ってのがねー。
俺は、好きな奴は好きだし、そういう奴はたいてい俺のことを好きになってくれた。
最初嫌いだと思った奴でも、腹を割ってみればいい奴で、リョーちんやミッチーもいまでは俺の友達だ。ゴリだって悪くねー。みんな俺が上達するために一生懸命になってくれるいい仲間だ。なんてったってゴリはあの晴子さんの兄貴だしな。
だから、俺には流川がよく判らない。
流川を嫌いになった理由は単純だった。最初のきっかけは、晴子さんが流川のことをほんのちょっぴり好きだったからだ。だけど奴は晴子さんに好かれてるってありがたみを爪の先ほども感じてねー。それにむかっぱらが立った。それでも、一度けんかしちまえば、俺は少しは奴のことが判ると思ってた。俺はそうやって嫌いな奴を好きな奴に変えて、これまで仲間を増やしてきたんだ。
だけど、あいつは俺に腹を割らなかった。
まるで虫ケラでも見るような目で、俺をどあほう呼ばわりしやがった。
あいつがバスケ部員じゃなくて、俺とは何の関係もない奴なら、嫌いなままでも少しも構いやしなかった。だけど奴はバスケ部の期待の新人で、なにかっていっちゃ目立ちやがる。この天才桜木の影を薄くさせる。嫌いな奴だから腹が立つ。もしも流川が好きな奴だったら、こんなに苛々することもなかったんだ。
あんまり認めたくなかったが、俺は奴を好きになりたかったのかもしれねー。
あいつに俺を認めさせて、ギャフンと言わせて、俺の足元にひざまずかせれば、きっと奴は腹を割る。俺にとって居心地のいい奴になってくれる。そうすれば奴は俺の好きな奴になってくれるはずだ。けんかでは奴に思い知らせてやれなかった。あいつを倒すことができるのは、バスケだけだ。
バスケをやるために、俺は奴と仲間になろうとしてるのか。
奴と仲間になるためにバスケをやってるのか。
自分でもよく判らねー。だけど、強くなりたい。俺が世界最強の男になるためには、バスケは俺に合ってる。強くなることで奴をひざまずかせることができるんなら、俺にとってはまさに一石二鳥ってやつだ。
今の俺の目標は、流川を倒すこと。
そのために俺は、練習が終わったあとの自主トレをやっていた。
誰もいない体育館で、シュート五百本。一本でも多くシュートを打てば、それだけ俺は流川に近づいてゆく。いずれは超えてやる奴だけど、始めるのが遅かった分遅れているのはどうにもならねー事だから、今の俺には練習あるのみだった。なあに、俺は大天才桜木花道だ。ただの天才が三年かかるところ、俺なら半年かからねーだろう。
時刻は既に真夜中を回っていた。
俺は今日のシュート練習を終えて、隙を見て作っておいた合鍵で体育館のドアを閉めると、部室に着替えに戻った。いつも通り、あたりはまっ暗だ。街灯が辛うじて回りを照らしだしている。いつもと同じように運動部の部室の集まった建物の鍵を開けようとして、俺は不意に動きを止めた。
鍵が開いてる。
この建物の鍵は、運動部の連中が帰ったあと、見回りの先公だか誰だかが掛けてるはずだ。それが開いてるとすれば、俺と同じように夜中に練習してる奴がいるって事で……。
冗談じゃねーぞ。俺のほかにそんな奴がいてたまるもんか。
夜中の自主トレは、俺が大天才桜木花道だからできる技なんだ。ただの天才や庶民に俺の真似ができるはずはねー。正体を確かめてやる。それがバスケ部の連中で、もしも流川だったら、俺の自主トレも増やさなけりゃならねーかもしんねー。
流川には負けられねー。練習量も、成長速度も。
俺は足音を忍ばせながら、うっすらとしか見えない階段を上がり、廊下を歩いていった。進んでゆくうちに、俺はある奇妙な声を聞いていた。バスケ部の部室に近づいてゆくにつれて、その声は少しずつ大きくなってゆく。変な雰囲気を持つ声だった。苦しんでいるような、ちょっと恥ずかしがっているような。あるいは、喜んでいるような。
バスケ部のドアの前で足を止めた。声は、この中から聞こえてくる。
俺は訳も判らぬまま、ドアについた小窓を覗いてみた。
最初、それが何なのか、俺には判らなかった。外からの街灯の灯りで映しだされる黒い塊。
それは微妙に動きながら、声を発していた。俺は本当に何が何だか判らなくて、その窓に貼り付いたまま、身動き一つできなかった。その黒い塊を目を凝らして見る。やがて、その塊は二つに分割した。
横たわる方の塊に、僅かの光が差した。それだけで俺にはその塊が誰なのか判った。ミッチーだ。まっ裸で、怪しげな表情を浮かべている。まるで俺の知らない人に見えるミッチー。
(いったい何だってんだ)
どうしてこんな所に裸のミッチーがいるんだ。服を脱いで、変な声を上げてる。いったい何を……
もう一つの黒い塊が、ミッチーの身体の中心に踞るように見えた。その瞬間、ミッチーは今までで一番艶っぽい、ほとんど悲鳴にしか聞こえないような声を上げる。ミッチーの身体がびくんと痙攣して、背中をのけぞらせた。俺は、俺自身の身体が震えているのに気がついていた。今やっと判った。ミッチーはもう一つの黒い塊に、一番敏感な部分を舐められてるんだって事が。
それが判った瞬間から、俺の視線はミッチーに固定されたまま離れなくなっていた。身体中が震えているのが判る。ドア一枚隔てたすぐそこにいるミッチーは、まるで別世界の人間だった。俺はミッチーがどういう奴なのかだいたい知ってる。プライドがやたら高くて、よく俺をばかにしたりからかったり笑いものにしたりした。だけど面倒見もよくて、俺はそんなミッチーが好きだった。
ここにいるミッチーは、俺の知ってるミッチーじゃねー。
こんなふうに誰かに舐められて、すげーいい声で悶えて、それから、あんな何とも言えない顔をしてるミッチーなんて俺は知らねー。だけど……
このミッチーは、嫌いじゃない。
色っぽくて、エッチで、あの声で悶えているのを見るのは、俺は嫌いじゃなかった。胸のあたりから何か熱いものが込み上げてきて、俺の脳みそを狂わせてゆく。何も考えられなくなってゆく。それは奇妙にも、試合中の緊張感によく似ていた。そして、身体中の痺れた感じが、身体のある一点に集まってくる。俺の身体が、ミッチーの声に反応して、形を変え始めている。
その時 ――
俺はふいに人の気配を感じて隣を振り返った。そこには、俺とまったく同じように窓から中を覗いている人影があった。俺の気配を感じたんだろう。奴も弾かれるように振り向いていた。
(流川……)
ただ一人、俺に腹の中を見せない流川がいた。俺が好きになりたくて、だがそれをさせない流川。俺を悩ませる流川。今、手を伸ばせば届くところに、流川がいる。
本当はそんなことはどうでもよかった。だけど、目の前にいる流川は、いつもの流川じゃなかった。いつものキツネ目は、ほんの少し潤んでいる。唇が僅かに開かれている。俺の存在に驚いているのか、奴の目は見開かれたままだった。こんな流川は知らない。俺の知ってる流川はもっと……
白い……白い肌。スポーツマンとも思えないほどまっ白な肌が、俺の何かを狂わせていた。黒のランニングシャツから覗く剥き出しの肩が、俺の注意を引き付けてはなさなかった。暗闇では、流川の白さは病的だった。ミッチーに刺激されて、俺はおかしくなってる。流川の肌が欲しい。流川の……声が聞きたい。
手を伸ばして、流川の肩に触れた瞬間、俺の身体に電流が走った。それは快い興奮になって、俺の身体中をかけめぐる。流川の身体も瞬間的にびくっと震えていた。流川の唇から押え切れない吐息がもれて、それが俺の最後の理性を引きちぎっていた。
俺は流川に強引に抱きついていた。ただ、この甘いうずきをどうにかしたくて、流川の声が聞きたくて。流川、お前もミッチーみたいな声を上げるのか? それとももっと違う、もっと甘い、お前にしか出せない声で感じるのか? お前の声が聞きたい。お前のすべてが見たい。お前の、腹ん中まで全部。
聞かせてくれ、流川。
お前の声を。
お前の全部を見せてくれ。
そうしたら俺は、きっとお前が判る。
だから流川……
お前の声を聞かせてくれ ――
扉へ 次へ