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「 ―― 理由は、聞かせていただけないのですか? 駄蒙」
ボスのよく通る声は、距離を置いているオレの耳にも届いていた。駄蒙と、後ろに従う皇帝軍は、微動だにせずボスに銃を突きつけている。
「俺は命が惜しい。それじゃ理由にならねえか」
「他の人間は納得できるでしょうね。でも、私は無理です。あなたにとっては、私の傍にいることが生きていることですから。私から離れてまで生きることを望む訳がないでしょう」
「そこまでうぬぼれているとはな。めでてえ男だお前は。こんな男のそばに30年もいたのかと思うと反吐が出るぜ」
「30年、ですか。そんなにも長い時間傍にいたのですね。私はあなたのことでしたらなんでも知っているつもりですよ。あなたが嘘をつくとき、どんな表情をするのか、もね」
オレの視界にサヤカが飛び込んできていた。まだ、距離は遠い。彼女はボスの姿を見つけて、足場の悪い瓦礫の海を必死に駆けてくるところだった。
「俺には皇帝陛下がお前を超えた指導者だってことが判った。俺が今までお前の傍にいたのは、お前が俺の求める男だと思ってたからだ。だけど俺は間違ってた。俺が求めていた男は、皇帝葛城達也だったんだ。だからお前に見切りをつけた。そういうことだ」
ボスはおそらく何かを察したのだろう。それ以上、駄蒙に何も言わなかった。しばらく沈黙があって、その間に、サヤカが2人の間に割り込んでいた。彼女はボスに突き付けられていた多くの銃口をものともしなかった。
「駄蒙! 実を殺さないで。あなたを殺したのはあたしだわ。あたしを殺しなさい!」
「サヤカ、どきなさい」
「実はなにも悪くないの。実はあなたを裏切ったりしてないわ。裏切ったのはあたしなの。だから恨むんならあたしを恨んで」
ボスの制止を無視して、サヤカは駄蒙に迫っていた。だが、駄蒙の方はほぼ完全にサヤカを無視していた。もしかしたら、駄蒙はそうせずにいられなかったのかもしれない。
「コロニーのボス」
それまで、絶対に呼ばなかった呼び方で、駄蒙はボスを呼んだ。
「お前がみたび皇帝陛下に楯突くというのなら、俺はお前の敵になる。お前の敵になってお前を殺す」
「……判りました。肝に銘じておくことにします」
何か言おうとするサヤカの肩を掴んで制し、ボスは立ち去ってゆく駄蒙を見送っていた。そうして駄蒙と皇帝軍が見えなくなると、サヤカはボスを振り返り、いきなり抱きついて口付けしたのだ。ボスも応じていた。オレが後ろにいることを知っていたら、おそらくそういう姿を見せはしなかっただろう。
恋人同士の邪魔をするのも無粋なので、オレはサヤカが来たのと逆の方角に歩き始めた。サヤカとボス、そして、オレがいる。おそらく近くにミオもいるはずだ。ミオはオレを探している。今、オレが探さなければいけないのは彼女だ。
夕日の沈む方角に向かって、オレは歩いていった。
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この、広い東京の瓦礫の中で、小さなオレと、小さなミオとが出会う確率は、いったいどのくらいなのだろう。
向かう方角の正しさなど判らない。オレはミオに近づいているのか、あるいは遠ざかっているのかもしれない。おそらくミオもオレを探しているだろう。もちろん不安もあった。だけど、ここでミオを見つけられないはずなどないと、オレは自分の運命を信じていた。
何度も声を張り上げてミオの名前を呼んだ。答えてくれ。オレの、たった1人の少女。
―― やがて、沈む夕日を背にして、小さな人影が見えた。
「ミオ!」
あまりに小さくて、声も届かないくらい遠い。いったいどんな特徴が見て取れるというのか。それでもオレは確信して駆け出していた。人影も気付いて駆けてくる。足場の悪い瓦礫の海を、必死な足取りで駆けてくる。
「パパ!」
声が聞こえて、不安そうな表情が喜びに変わる瞬間を見る。表情がはっきりと見て取れる位置まで近づいたとき、ミオは一瞬足を止めた。そのあと血相を変えてつまずきながら走ってくる。そんなミオを支えるように腕を伸ばした。その腕にしがみつくようにしたあと、ミオはオレを見上げて言った。
「パパ! どうしたの? 怪我をしたの? 誰にやられたのパパ! 達也がパパに怪我をさせたの!!」
オレの服に大量に付着した血液を見て、ミオはまくし立てた。だけど、オレの方はミオがそう言うたびに無性に腹が立って、ミオの心配をやわらげてあげようという心の余裕を持つことができなくなっていた。理不尽な感情だったけれど、自分ではどうすることもできなかった。2度と聞きたくなかった。ミオの口から「パパ」という言葉を。
ほとんど強引にミオを抱きしめてキスした。ミオは驚いて少し抵抗したけれど構わなかった。オレのミオだ。オレだけの、たった1人の、オレだけの女の子だから。
絶対に放したくない。これから先、ミオが誰に恋をすることも許さない。2度と、オレをパパなんて呼ばせない。
唇が離れたとき、ミオはいくぶん驚いた風にオレを見上げていた。
「オレはわがままだし、強引だし、たぶん乱暴だと思う。あんまり優しくないし、すごく嫉妬深い。ぜんぜん心なんか広くない。ミオが他の男の話をすればすごく腹が立つ。オレだけを見てなかったら、すごく悔しくて、強引だろうがなんだろうが絶対オレの方を向かせると思う」
言いながら、オレはたぶん少し我に返るような感覚になってきたのだろう。自分が何を言っているのか、何を言おうとしていたのか、見失ってしまっていた。ミオの表情も変わっていた。少し目を細めて、微笑を浮かべて。
「……だから、つまり……よく判らないけど」
「 ―― 伊佐巳」
名前を呼んで、オレの首にしがみつくようにして、キスをした。ほんの何秒か前にキスをしたばかりなのに、まるで初めてするみたいにドキドキして、自分で自分が判らなくなってしまった。唇を離したミオは、いたずらっぽい目をしていた。まるで年下の男の子を見ているように。
「どんな伊佐巳でも、あたしにはおんなじよ。……伊佐巳、あたしの恋人になってくれる?」
なんだか、これから先、オレは絶対ミオには勝てないような、そんな気がした。
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告白されて、うなずくのも変な気がしたし、よろしくお願いしますとか頭を下げるのも間が抜けてる気がして、オレはミオの髪をかきあげて額にキスをした。このまま時間が止まっても悪くないと思う。ミオの傍にいるだけでオレは幸せだし、ミオもたぶん同じ気持ちでいてくれると思うから。
この、たった1人の女の子に出会うために、オレはどれだけ長い時間を過ごしただろう。好きになった女の子はオレに振り向かなかった。1人は自殺して、もう1人は殺されてしまって ――
正直、怖いと思った。もしもミオが死んでしまったらどうしよう。この子が死んだら、オレは絶対に生きていられないし、自分を許せないだろう。オレがもし、そんな悪運を背負っている人間なのだとしたら。
「伊佐巳?」
オレは少し表情を変えていたのだろう。ミオは心配そうに覗き込んで言った。
「そうだ、伊佐巳、どこか怪我をしたんでしょ? 痛いの?」
血染めの穴の開いた服を引いて、ミオはオレの腹部を探るようにした。……あんまりそういうことはしないで欲しいのだけど。そろそろ日は完全に落ちそうだし、本当ならボスとサヤカを再び探しに行かなければならない。
半ばごまかすように、オレはミオを抱きしめた。
「ねえ、ミオ。これから先、オレたちはすごく危険な目に合うかもしれない。怪我をしそうになったり、食べるものがなくなって死にそうになるかもしれない。だからミオ、約束して欲しい。これからどんなことがあっても、君は自分だけを守る、って。オレの事を守ろうとしたりしないって。オレは自分のことは自分で守れる。君のことも守れるけど、君が自分の事を守ってくれないと、守りきれなくなるかもしれないから。……君が安全なところにいなかったら、オレは安心して行動できない。だから約束して。ぜったい、無茶なことはしない、って」
筋が違うのは判ってる。ミオの安全を願うならば、オレはミオを葛城達也のところに置いてくるべきだったし、そもそも革命に参加すべきじゃなかった。今、ミオを失いたくないという気持ちに負けたら、オレは何もできなくなる。みたび革命を起こすことも、葛城達也を殺すことも。
「約束するわ、伊佐巳。……あたしがなりたいのはね、伊佐巳のお荷物でも、伊佐巳の弱点でもない。あたしはまだすごく弱くて、子供で、伊佐巳のパートナーには程遠いもの。だけど、いつか必ずあたしは伊佐巳の最高のパートナーになるから。伊佐巳に信頼されて、ミオに任せておけば大丈夫だって、言ってもらえるようになるの」
この子は判っている。オレが不安に思っていることも、オレという人間の弱さも。
「あたしは自分が子供だって事、ちゃんと判っているのよ。だから伊佐巳のことを守ろうなんてぜったい思わないから安心して。天井から石が落ちてきたら真っ先に逃げるし、皇帝軍と会ったら隠れるし、伊佐巳がよそを向いた隙に伊佐巳の食べ物を横取りするかもしれないわ。だから、伊佐巳が心配しなければならないのは、あたしに食べ物を横取りされないことだけよ」
「……そうか。それだけでいいならずいぶん気が楽だ」
「そうでしょう? あたしより安心で、たくましい女の子は他にいないと思うわ」
ミオが言うオレの最高のパートナー。この子がそうなるのは、それほど先のことではないのかもしれない。
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「じゃあ、約束もしてもらったし、そろそろボスを探しに行こうか」
「……その必要はないみたい。あれ、たぶんボスとサヤカでしょ」
ミオが指差した方を振り返ると、確かに2人が歩いてくる姿が見えていた。あたりはかなり暗くなっている。声をかけずにいたところを見ると、彼らもオレたちに遠慮する気持ちがあったのかもしれない。
「サヤカ!」
ミオが駆けてゆくと、サヤカの方もボスの隣を離れて同じように駆けてきていた。オレもそちらの方に歩いていく。2人はちょうど中間点で合流した。
「ミオ、どうだった?」
ミオが親指を立てると、サヤカは笑顔でミオの肩を叩く。
「やったね」
「サヤカは?」
「うーん、まあ、とりあえず」
そう言ってサヤカは親指と人差し指で小さな丸を作った。
「よかったね!」
「うん! ありがとう」
そうして笑い合う2人はまだまださっぱり子供のままだ。いったい何の話をしているのか。想像がつくだけに、妙に気恥ずかしいような、ほほえましいような気分になる。
向こうから歩いてくるボスの方もどうやらそのようで、苦笑いを浮かべながらオレに近づいてきていた。
「彼女たちには先々の不安とかはないんでしょうかね」
「信頼されてるんだろうよ。せいぜい期待を裏切らないようにしないとな」
「伊佐巳、どうしました? 怪我ですか?」
オレの腹を見て心配そうに言う。まあ、これだけ派手に穴が開いて大量の血がついていれば、誰でも心配するだろう。
「あとで詳しく話すが、とりあえず身体の方は問題ない。あるとすれば胃袋の方だけだ」
オレは昨日の昼を最後に、食料も水も口にしてはいないのだ。
「ここにくるときに車を使いましたので、だいたいの現在位置は判っていますよ。あと3時間ほど我慢してください。おそらく調達できると思いますので」
なるほど。葛城達也はオレを無造作に飛ばしてくれたけれど、ボスにはちゃんと車を使って、現在位置を把握できるようにしていた訳だ。
「地上を歩くのか? 皇帝軍は」
「ご存知ではなかったですか。皇帝は東京の厳戒命令を解除しましたよ。これからは地上を歩いても戦闘機で殺されることはないはずです。もちろん、東京から出ることはできませんが」
ボスの言葉を聞いて、少なくともオレたちがしてきたことは、まるっきりの無駄ではなかったのだと知った。これも、1つの時代の終わりだ。東京はまだ解放されない。それは、これからのオレたちが勝ち取らなければならないものなのだろう。
「さあ、お嬢さん方。そろそろ少し歩きますよ。遅れないでついてきてください」
そう、すっかり遠足気分の2人を促して、ボスは目指す方角に歩き始めた。
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ボスは3時間と言ったけれど、実際は1時間余りで、オレたちは食料を調達することができていた。この食料は、以前ボスが駄蒙に指示して隠させたものだ。駄蒙は判っていてボスをあの場所に追放したのだろうか。
「 ―― 星が綺麗ね」
「うん、そうね」
ミオとサヤカは寝転んで、頭上に輝く星を見ていた。災害のあと地下に閉じ込められ、最初の革命の後ずっとあの建物に監禁されていた2人にとって、地上で星を見るのは久しぶりのことだった。東京の空は以前とは違う。空気もきれいになったし、空は広く、地上に無駄な明かりもない。夜空の星はことのほか綺麗で、少女たちの心を和ませるには十分だったことだろう。
「駄蒙は本当に裏切ったのか?」
事実は、明らかにそうだった。オレが聞きたかったのは、ボスがあのとき駄蒙に感じた真実だった。
「そう思って間違いないでしょうね。これから先、たとえ私たちが皇帝を倒し、彼に戻って欲しいと懇願したとしても、おそらく彼は戻りません。永久に私たちの敵として振舞うと思います。駄蒙はそういう道を選んだのです」
「葛城達也に感化されたのか?」
振り返ったボスの表情は明るく、牢の中で見せたような迷いはなかった。ボスは間違いなく見つけたのだ。あの時見つけられなかった真実を。
「以前、葛城達也のことを2人で話していたとき、駄蒙は言っていました。葛城達也は敵を必要としていると。そのためにコロニーを迫害しているのだろうと。駄蒙は葛城達也を自分に置き換えてそう言いました。戦う者の闘争本能は、敵を必要としていると。
駄蒙は戦う者なんですよ、伊佐巳。3年前、コロニーのセレモニーであなたは駄蒙と戦いましたよね。おそらく同じ闘争本能はあなたにもあるのでしょう。……だから、なのだと思います。駄蒙は、私とあなたを、敵に回したかったんですよ」
「……そんな理由なのか? それだけの理由で、駄蒙は親友を、コロニーを裏切ったのか?」
「駄蒙と皇帝との詳しい経緯は判らないので、果たしてそれだけかどうか、私に知る術はありません。でも、私はそれだけの理由で、十分納得できるんです。……私と駄蒙は、相協力してさまざまなことをしてきましたけれど、互いに刺激しあって互いを高めてきたことも事実です。切磋琢磨という言葉を使いましたね。今回のことは、その延長に過ぎない。私はそんな風に思えるんですよ。駄蒙が1番心配しているのが、私の身の安全です。私は肉体的にはそれほど強靭ではないのに、敵ばかりがむやみやたらと多くなるような生き方をしていますからね。これまでは、駄蒙が傍にいて守っているのが1番安全でした。……でも、今はあなたがいる。駄蒙に匹敵する強靭さを持ったあなたが。
駄蒙は、私と戦いたかった。今まで片時も離れず傍にいて、互いを補い合っていた私と。……それを知った時、私も思いました。私もおそらく、いずれは駄蒙と戦いたいと思っていたのだろうと」
オレには、ボスの言葉を実感として理解することはできなかった。
だが、そういう友情の形もありうるのかもしれないと、ボスの晴れやかな表情を察した。
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「実、ちょっと来て」
サヤカがボスの腕を引いて、オレとボスの会話は中断した。サヤカは少し不機嫌そうだ。さっきまではおとなしく星を見ていたというのに。
「サヤカ、私はもう少し伊佐巳と話をしていたいんですが」
「昼間できる話を今することはないでしょう? あたしは夜しかできない話をしたいの」
「……何を言い出すんでしょう、このお嬢さんは」
「伊佐巳、ごめんね。話の続きは明日にして」
そう言って、サヤカはボスを引っ張って、遠く離れた見えない場所まで連れて行ってしまった。最近の女の子は積極的だ。ボスが堕ちるのも時間の問題だろう。いや、もう既に堕ちているのかもしれない。
「伊佐巳、いつまでサヤカのことを考えてるの?」
声に振り返ると、ミオが少しすねたような表情で見上げている。……あたりまえのことに気付いた。あちらが2人きりなのだから、こっちもそうなのだ。
「もう考えてないよ。だからそんな顔しないで」
「ボスと伊佐巳とだったらぜったい伊佐巳の方がハンサムだけど、あたしとサヤカはサヤカの方が美人だもの。あたしも嫉妬深いのよ。あんまりサヤカに見惚れないで」
見惚れるもなにも、月明かりのない夜によほど近づきでもしなければ顔の造作など判別できるものじゃない。しかしそんなことを言ってもミオを刺激するだけなので、オレはミオの肩を抱き寄せた。
「大丈夫。オレは他人のものに興味はないから。オレは最初からミオしか見てない」
「そーお?」
「昨日ボスに言われた。3年前から、オレのミオを見る目は娘に対するものじゃなかったって。……たぶんオレは、ずっと昔からミオに恋をしていたんだと思う」
その告白は、ミオにとっては信じられないものだったのか。目を見開いて、時間を止めてしまった。……どうなんだろう。自分の父親がずっと自分をそういう目で見ていたと知る娘の気持ちというのは。あまり楽しいものではないのかもしれない。事実には違いないのだけれど。
「ショックだった?」
オレが訊くと、ミオは表情を変えないまま、オレを見上げた。
「片思いじゃ……なかったの?」
「うん、そうらしい」
「15歳の伊佐巳があたしを好きになったから、今の伊佐巳があたしを好きになってくれたんじゃないの? 伊佐巳は前から……ううん、29歳の伊佐巳も、その前も、ずっと好きでいてくれたの?」
「そう、なんだと思う」
ミオの表情が、少しずつ変わっていった。込み上げてくるものを抑えるように、口を歪めたかと思うと、やがて、声を上げて泣き出したのだ。
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ミオは泣いていた。
片手でオレのシャツを握り締めて、声を張り上げ、手放しで泣いていた。一気に子供に戻ってしまったようだった。無防備に身体中を震わせて、泣きじゃくる、という言葉がピッタリの泣き方だった。
正直オレは戸惑ってしまって、ミオの肩を抱いたまま見守っていることしかできなかった。彼女がこんな泣き方をするような何を、オレは言ったのだろう。そんなにショックだったのだろうか。オレが幼い頃からのミオに恋をしていたかもしれないというのは。
ミオはありったけの声を張り上げて、泣き止む気配は見せない。それどころか、どんどん感情が高ぶってきてきているようで、オレの胸に顔をうずめた。守るように抱きしめながら思う。もしかしたらオレの言葉はきっかけに過ぎなくて、泣いているうちに湧き上がってきたさまざまな思いがミオの中にはあるのかもしれないと。
3年もの間、ミオの革命は続いていたのだ。オレたちが葛城達也のもとに人質を残して東京に戻ったあと、ミオはずっと皇帝とコロニーの掛け橋だった。おそらく緊張の連続だったことだろう。オレには想像のつかない苦労があったのだと思う。ミオの代わりは誰にもできず、誰に頼ることもできなかったのだから。
ミオの革命は、今この瞬間に終わったのだ。
―― たまらなくなって、オレはミオをきつく抱きしめた。
好きなだけ、気の済むまで泣けばいい。誰にも何も言わせない。ミオにはその権利がある。ミオの今の涙は誰にも判らない、ミオにしか判らない涙なのだから。ミオが背負ってきたものの重さはミオにしか判らないのだから。
今夜のミオは、一生忘れられないだろう。
ねえ、ミオ。オレは君の最高の恋人になれるか?
君がオレの最高のパートナーになると言ったように、オレは君の最高のパートナーになれるか?
いつも君を見守っていたい。傷つき涙を流す君を。
いつか、最高の笑顔で笑えるように。
君はいつしか大人になって、今日の涙を忘れてしまうのかもしれない。日々の忙しさにかまけて、少女の頃の一瞬は記憶の引き出しにしまわれてしまうのかもしれない。それでも、オレは忘れない。今日も、明日も、君の小さな毎日を、少しずつ大人に近づいてゆく心の揺らぎを忘れない。君のすべてを、心のパーツに刻み付けて。
やがて、オレの心のハードディスクは、君の記憶でいっぱいになることだろう。