連載小説「記憶U」




 初めてこの部屋で目覚めた3日前、オレはそれまでの一切の記憶を失っていた。
 15歳の感覚と、32歳の身体。傍にいた少女は、オレの名前を「伊佐巳」だと言った。
 少女は名乗らなかった。オレは彼女に「ミオ」という名前をつけた。
 それから3日。オレは、15歳までの記憶を取り戻したのだ。

 オレの名前は「黒澤伊佐巳」という。昭和45年5月28日生まれ。O型。城河総合研究所で、城河基規の遺伝子研究によって生まれた、葛城達也のクローンだ。城河基規の死後、葛城達也は城河財閥を乗っ取り、オレは、葛城達也の息子として育てられた。
 15歳までオレは研究所から1歩も外に出ることはなかった。研究所の中で、オレはコンピュータを徹底的に叩き込まれ、J・K・Cの教育を受けた。J・K・Cはいわゆる産業スパイだった。やがてオレはJ・K・Cの教育プログラムを手がけることになった。プログラムによってJ・K・Cの教育システムは飛躍的に向上し、そのオレの功績は大量殺人に結びついていった。
 そんな中、オレは、ミオに出会った。
 葛城達也の命令によって、オレは生まれて初めて研究所の外に出て、ミオの部屋で暮らすことになった。ミオは16歳。4歳の頃葛城達也の養女になった、言ってみればオレの姉だった。オレは彼女に恋をした。だけど、彼女が好きだったのは葛城達也だった。
 ミオが自殺したときの絶望を覚えている。そのときのオレは、未来を感じ取ることができなかった。オレにあったのは、現在と過去だけ。立ちはだかる絶望の壁を破ることができず、オレはその先1歩も前に進めなくなってしまったのだ。
 そこまでの記憶を、オレは取り戻した。そして、ふと、疑問が生じるのだ。同じ記憶を持っているのに、なぜオレは未来を見ることができるのだろう。破れなかった絶望の壁は、いつの間にかオレの前から消え去っている。オレは未来を見ている。葛城達也を殺すという未来を。
 オレの絶望は、愛する少女を失ったことによって生まれた。だけど今、オレは別の女の子に恋をしている。そのことがオレを絶望から救ったのだ。オレに未来を与えてくれたのは、オレが名づけた「ミオ」という名前をもつ、この少女なのだ。
 彼女に恋をすることによって、オレは過去の記憶を思い出すことができた。絶望の壁を破って、新たな1歩をあゆみ始めている。



 目覚し時計が鳴り響く前に、オレは目を覚ましていた。振り向くと、ミオが健やかな寝息を立てている。オレはしばらくの間、ミオの寝顔を眺めていた。死んだミオの寝顔はもっとだらしがなかった。このミオの寝顔は、どこかあどけなくてかわいい。
 やがて、ベルの音が鳴り響いて、ミオは目を覚ました。薄目を開けて半ば手探りで時計を探し出すとベルを止める。寝起きのミオは無防備だった。あまり寝起きのいい方ではないらしい。しばらく時計を見つめて、オレを見上げて少し驚いた顔をした。
「おはよう、ミオ」
「……おはよう。起きていたの?」
「ああ。ミオが起きるのを待ってた」
「……眠い」
 パタッと、再び寝転がって、もそもそ動きながら毛布を探す。オレはちょっとがっかりしたけれど、眠いのを無理に起こすのもなんだかかわいそうで、そのまま起き上がった。着替える前に軽く体操。どうやらオレの最近の生活習慣の中に、この体操は含まれていたらしい。無意識に動く身体は、15歳のオレにはなかった習慣だ。
「……」
 背後から声が聞こえて、オレは振り向いた。と、ミオはいきなり目を覚まして、勢いよく起き上がったのだ。現状認識ができないらしく、オレを見つめたまま呆然と座り込む。しばらくオレたちは見つめ合っていた。やがて、おもむろにミオが言った。
「あたし……寝ボケてたみたい。何か変なこと言わなかった?」
「言ってたみたいだけど聞き取れなかった」
 ミオは心からほっとした様子で、オレに微笑みかけた。
「よかった……。ごめんなさい。おはよう、伊佐巳」
「おはよう」
 なんだか不思議だけど、寝ボケたミオというのも、今のオレにはものすごくかわいらしく見えた。



「ミオ、あのさオレ、ミオが起きたら言おうと思ってたことがある」
 ベッドにぺたんと座ったまま、ミオは首をかしげた。
「オレは、君のことが好きです。ずっと、たぶん3日前、初めて目覚めたときから」
「……思い出したの……?」
 驚いたように、ミオは両手で口元を抑えて言った。やがて、わずかに目を潤ませた。
「ごめん。もう絶対忘れたりしないから」
「……よかった!」
 涙を浮かべたまま、ミオは小さく笑い出した。抱きしめてしまいたくなったけれど、そうはせず、オレはしばらくの間、そんなミオを見つめていた。ミオは強い。まだたった16歳の女の子なのに、こんなにあやふやな記憶を持つオレのことを好きでいてくれる。オレはたぶん、ずっとミオを好きだろう。たとえこの先どんなことを思い出そうとも。
「うれし泣きしちゃった。顔、洗ってくるわね」
 そう言ってミオが洗面所の方に歩いていったので、その隙にオレは着替えることにした。オレが着替え終わる頃、ミオは戻ってきて、箪笥の前でパジャマを脱ぎかけた。
 ふと、手を止めてオレを振り返る。少し、恥ずかしそうに。
「伊佐巳、顔洗ったの?」
「あ、うん、洗ってくる」
 オレがそそくさと洗面台のほうに向かって、その手前で振り返ると、ミオはボタンに手をかけたままじっとオレを見つめていた。
 どうやらミオも、オレを男として認めてくれたらしい。
 それがなんだか嬉しくて、オレは顔を洗いながらも、にやついてしまうのを抑えることができなかった。



 朝食まではまだ時間があったので、オレとミオはテーブルに向かい合って、紙を広げた。その紙には既に、引越し1から4までの印と、オレがそれまでに思い出したいくつかの事柄が、ミオによって書かれている。今度はオレ自身が鉛筆を握って、思い出したことを片っ端から記入していった。
 だけど、人間1人の人生というのは、たかがB4の紙1枚くらいにおさまるものではないらしい。それに、オレにとっては研究所にいた15年間よりも、死んだミオと過ごした2週間足らずの日々の方が、ずっと密度の濃いものだったのだ。オレは引越し1から2までのその区間を別紙に抜き出して、1日ずつ、詳細に記入していった。
 その中には、食事の献立や、ミオと話した会話の内容もあった。この3日間で疑問に思ったことの答えのいくつかは、この中にあった。
「『双子の王子、お姫様奪回作戦』って言うのね」
 オレが無意識に打ち込んだゲームは、死んだミオを楽しませるために作ったものだ。
「どうして動かなかったのか、判ったの?」
「ああ、判ったよ。このゲームは、フロッピディスクが2枚ないとダメだったんだ。オレはあの時1枚分しか作らなかったから。でも、プログラムの中の変数を少し変えれば、1枚でも動くようにできるよ」
 この3日間のオレの食事は、ミオがオレに作ってくれたもの。そして、「義理の親子は結婚できない」と話したのも、死んだミオだった。
 葛城達也とミオとは義理の親子だった。死んだミオは、もしかしたら葛城達也と結婚したかったのだろうか。
「ミオ、ひとつだけ、答えてほしい」
 年表をほとんど埋めたあと、オレは言った。
「何? 答えてほしいことって」
「オレの記憶を消して、ミオを雇ったのは、葛城達也だな」
 ミオは答えるのをためらうように沈黙した。



 15歳までの記憶を取り戻したオレは、自分の記憶を奪った男が葛城達也だと確信していた。以前にミオが言っていた、ミオの雇い主がオレの身内であるということ。いや、そうと知らされていなかったとしても、記憶を取り戻した瞬間にオレは確信しただろう。人の記憶を奪うなどということを、葛城達也以外の人間がするはずがないのだ。普通の人間なら、人にとって過去の記憶がどれほど貴重なものか、理解している。そもそも普通の人間に他人の記憶を消すことなどできるはずがない。
 葛城達也にはその能力があった。他人の脳に直接働きかける、超能力が。
「伊佐巳、あたし、前に言ったわ。もしも伊佐巳が何かを思い出したら、それがいつ頃のことなのか、それだけを教える、って」
 ミオは迷っている。オレに真実を告げるべきかどうかを。
「オレの考えが正しいかどうかを教えてくれるのもミオの役目だろ」
「そうね。……判った。だったら、伊佐巳がそう思った根拠を聞かせて。伊佐巳がどうしてそう思ったのか」
 ミオにはオレがあて推量でその結論を導き出したのではないという証拠が必要らしい。それならそれでかまわない。話せばいいだけだ。
「オレは、あの日ミオが自殺したところまでの記憶を思い出した。その時のオレは完全に自分を見失ってた。絶望して、生きることにも、未来にも、すべてに絶望して、自分の中に閉じこもってた。……たぶん、前にミオが言っていた、最初にオレの記憶が失われたのはこの時だったんだ」
 オレは記憶を奪われ、偽の記憶を植え付けられた。おそらくオレは、ミオが自殺したショックから立ち直ることができなかったんだ。
「この時にそんなことができたのは葛城達也以外にはいなかった。その後のことはオレにはまだ判らないけど、たとえ記憶を失っていてもオレが葛城達也を嫌いだった事実や、葛城達也がオレを人間として見ていなかった事実が変わってるとは思えない。今までにオレが思い出した葛城達也なら、人の記憶を奪うことくらい平気でやるだろう。あいつにとってオレは、あいつの人生を面白くさせるだけの、ただの嗜好品にしか見えていないんだ」
 ミオはじっと、オレの言葉を聞いていた。表情を見れば判る。ミオは、心を痛めているんだ。オレが葛城達也を憎んでいるということに。
 ミオが信頼している雇い主をオレが憎んでいるという事実に。



 オレの記憶の中では、葛城達也は周囲のすべての人間の信頼を勝ち得ていた。オレと奴とが対立したとき、オレの味方になる人間はいなかった。ミオも同じなのだ。ミオはオレより、葛城達也を信頼している。
「嗜好品。……そうね、そうかもしれないわ。確かに葛城達也は人間を人間として見ていないかもしれない。伊佐巳の言う通りよ。17年前に伊佐巳の記憶を消したのは、葛城達也だった。
 だけど、伊佐巳はその時、すべてに絶望しきってしまっていたの。もしも葛城達也が記憶を消さなければ、立ち直ることは不可能だったかもしれない。今、あたしとこうして話している伊佐巳は、存在しなかったかもしれない。伊佐巳の今があるのは葛城達也のおかげだわ。葛城達也が伊佐巳の記憶を消したから、今ここに伊佐巳がいるのよ」
「だけどあいつの行為には優しさも誠実さもない!」
「行為の中に優しさがなければ認められないの? 17年前に葛城達也がしたことは、その時の彼の精一杯だったはずよ。彼には人の記憶を消す能力があった。だから、他の人には到底できない方法で、伊佐巳を立ち直らせたの。伊佐巳は、その行為を、誠意じゃなかったという理由だけで否定するの?」
 オレは、ミオの言葉をちゃんと聞いていた。言葉の意味も理解できたし、それがあながち間違った意見ではないことも、ちゃんと理解していた。例えば、政治家が人気取りのためだけに慈善事業に携わることがある。だけど、その金で助かる人間がいるのも本当だ。たとえ葛城達也の行いに誠意も愛情もなくても、オレがその行為によって救われたことは事実だった。
 ミオは正しいことを言っている。だけど、感情が納得しない。17年前のあの日オレをミオに会わせたのは葛城達也だ。そして、ミオを自殺に追い込んだのも。
「答えてくれ、ミオ。葛城達也が今になってオレの記憶を戻そうとするのはなぜだ。オレの記憶障害を直そうとするのは」
「伊佐巳が、あの人の人生にとって、必要だからよ」
 ミオは、雇い主が葛城達也本人であることも、暗に認めていた。



 オレの感覚では、オレはほんの数日前まで、葛城達也のために働いていた。プログラムを作ったり、1週間前のある事件で作戦を立てて組織の人間を動かしたりした。オレは確かに組織に必要な人間だったかもしれない。だけど、それはオレがそう教育されたたくさんの人間のうちの1人だったというだけで、もしもオレがいなかったとしても葛城達也はそう困りはしなかっただろう。
 オレは確かにあいつの息子だった。だけど、愛情を受けた覚えもなかったし、奴もオレが息子だからという理由で特別な感情を持っていたとは思えない。だから、ミオの言葉に同感はなかった。葛城達也がオレを必要としているはずはなかったのだ。
「どうしてミオはそんなことを思う? オレが奴の息子だからか?」
 ミオは唇をきりりと結んで、表情でオレの言葉を否定した。オレはちょっとドキッとした。もしかしたらオレは、ミオを低く見積もり過ぎていたかもしれない。
「あの人が伊佐巳を必要としているのは、愛情があるからとか、役に立つからとか、そういう理由じゃないわ。あたしはこれ以上のことは言えない。なぜなら、この話は、伊佐巳のこれからの記憶に深く関わっているから」
 ああ、そうだった。ミオはオレの記憶について話すことは許されていないのだ。
「どうやっても思い出さないとならないらしいな」
 オレのこれからの17年。それを思い出さなければ何も判らない。思い出せば判るのだろうか。葛城達也のことも、ミオのことも。
 ミオは本当は、誰の味方なのだろう。
「思い出せるわ。だって、伊佐巳は思い出したんだもの。自分の力で、15年間の記憶を」
 知りたい。ミオがオレと葛城達也と、いったいどちらを選ぶのか。
「ミオ、もしもオレが記憶を取り戻したとき、オレと奴とが敵同士だったら……」
「伊佐巳の味方になるわ」
 間髪入れず、ミオはそう答えた。



 ミオはもしかしたら、少し苛立っているのかもしれない。オレの目を真剣な表情で見つめていたし、オレの言葉を強引にさえぎったようなところがある。そんな観察とは別に、オレはミオの言葉を嬉しいと同時に少し疑わしく感じた。それはオレの今までの人生で葛城達也よりもオレを選ぶ人間に出会ったことがなかったから。オレを選ぶ人間がいるということを、すぐに理解できなかったのだ。
「どうしてあたしを疑うの? あたしが葛城達也の行為を認めているから?」
 ミオの表情は少し怖かった。呆れているのかもしれない。オレがミオを無条件で信じていないことを知って。
「ねえ、伊佐巳。あたしが葛城達也を認めるのは、彼の行為が伊佐巳のためになってると思うからだわ。過去に記憶を消したことも、数日前に記憶を消したことも、今、伊佐巳の記憶を戻すために力を貸してくれてるのも、全部伊佐巳のためになっていると思う。確かに以前、彼は伊佐巳のためにならないこともしたわ。でも、それはもう全部過去のことだもの。今更あたしにはどうすることもできない。
 だけど、これからのことは違うわ。これから先、彼が伊佐巳のためにならないことをしたら、あたしは今の自分にできる精一杯の力で伊佐巳を守る。……それって、あたしが伊佐巳の味方だってことにならない?」
 オレは、この15年間の記憶の中で、かなり屈折してきたし、人を疑うことを刷り込まれてきた。オレの人生の中では、本当に信じられる人間はほとんどいなかった。
 オレはミオを信じてもいいのだろうか。オレは彼女に好かれているのか?
「……どうしてなんだ? どうしてオレのこと……」
 ミオは、少し緊張を解くように、微笑して見せた。
「伊佐巳、それ、癖?」
「え?」
 ミオが指差したのは、オレの指先だった。知らず知らずの間に鉛筆をもてあそんでいたらしい。
「食事のときも、よくそうやって箸やスプーンをいじってるの。考え事をしてるときに多いみたい。……そんな小さなことに気付くのも、あたしにはすごく嬉しいことなのよ」
 そのミオの言葉は、直接的な言葉で返答してくれるよりも、ずっと心に響いたような気がした。



 ずっと、初めてこの部屋で目覚めた3日前から、オレはミオを好きだと思った。
 ミオが他の男の話をすれば苛立ったし、オレと一緒にいるのが、3年前に別れた父親と再会するためだと聞かされて落ち込んだ。ミオは父親の夢を見て涙を流していた。今でもミオの中にあの気持ちは大きく存在するのだろう。
 もし、オレの記憶が戻ったら、ミオはどうするのだろう。父親とオレと、いったいどちらを選ぶのだろう。
 聞いてみようとして、オレは気付いた。これって、さっきの質問と瓜二つじゃないか。オレと葛城達也とどちらを選ぶのか。オレと父親と、どちらを選ぶのか。
 ……ダメだ。オレはものすごく臆病で、わがままだ。
「ミオは、オレとパパとどっちが好き?」
 ミオはまた驚いたように目を丸くした。
「もしもオレが記憶を取り戻したら、そのときはどっちを選ぶんだ?」
 ミオの沈黙は長かった。オレは、自分がミオの一番弱い部分を突いてしまったことを知った。おそらく、比べることなんかできないはずだ。ミオにとって父親は聖域で、自分ですら触れることを許さない部分なのだろうから。
「……10分だけ、会わせてもらえるかな。そのあとはあたし、伊佐巳の傍にいたい」
 ミオの答えはけっしてその場限りの慰めなどではなかった。オレを喜ばせるための嘘じゃなかった。
 真剣に考えて出した解答だった。
「ごめん! 今オレが言ったこと、全部忘れて。10分なんて言わなくていい! 何日でも、何ヶ月でも、ミオがパパと過ごしたい時間だけいてくれていいんだ」
 オレが自分の失言を素直に謝ったからだろう。ミオは笑顔を見せて、オレに言った。
「そうね。先のことはその時に考えればいいわ。今は伊佐巳の記憶をすべて取り戻すことだけだもの」
 オレの17年分の記憶を取り戻すこと。
 それだけが、今のオレができるたった一つのことなのだ。


10

 朝食はまたカレーライスだった。しかし、今度はレトルトではなく、固形ルーから煮込んだものらしい。朝からカレーというのも不思議な気がしたが、おそらくこれもオレの記憶に関わるものなのだろう。入っている具も一般的なカレーの具だったから、食べてみたけれど、そこから何かを思い出すということはなかった。
「ミオ、オレは今、死んだミオのところまで思い出した。ということは、この次に思い出さなければいけないのは、2回目の引越しのあとの記憶なんだな」
「順番はそうね。でも、この先は順番どおりである必要はないと思うわ」
「どうして?」
「今まで15歳よりも前の記憶を思い出してほしかったのは、本物の記憶よりも先に偽物の記憶を思い出さないでほしかったからなの。でも、伊佐巳はちゃんと本物の記憶を思い出したわ。この先、偽物の記憶を思い出したとしても、きっと本物と区別がつくと思うの。だったら、どこから思い出しても大差ないわ」
「それも葛城達也が指示したこと?」
「気になるみたいね」
「……別に」
 実際、葛城達也の手のひらの上で踊らされているのは、かなり気分が悪かった。だけど、そんなことばかり気にしているのはおろかだ。今は葛城達也を利用しなければ、奴を殺すだけの知識も経験も蘇らない。
「この先のオレの記憶は、今のオレの記憶とつながってない。どうすれば思い出せるだろう」
「答えになるかどうかは判らないけど、1つだけ方法があるわ。……雇い主の彼が言っていたの。伊佐巳の人生の奇跡、そのデータを引き出す方法がある、って」
 ミオはそれ以上は言わなかった。だけどその方法はたぶん、あのパソコンの中にあるはずだ。
 記憶が戻った今なら判るかもしれない。オレにあてられたアカウントとパスワードが。
「わかったよ。……食事が終わったら、パソコンに訊いてみる」


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