真・祈りの巫女
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通路の明るさを避ける振りをして、荷物の中にリョウが用意していた大き目の布をかぶって横になった。涙が出そうになるのを必死にこらえて、息を潜めながら眠った振りを続けていた。判っていたはずなのに、リョウの言葉にあたしは傷ついていたんだ。リョウにとってあたしは命の巫女の身代わりで、リョウが本当に好きなのは彼女なんだ、って。
優しかったから、笑顔を向けてくれたから、知らず知らずのうちにあたしは信じかけていたの。だけど、嘘はぜったいに真実に変わったりしない。あたしが未来を夢見た瞬間、きっとリョウには判ったんだ。だからあたしに警告するつもりで命の巫女の話を持ち出してきた。自分が本当に守りたいのは命の巫女なんだって、あたしに気づいて欲しいと思って。
苦しいよ。自分でもどうしたらいいのか判らないくらい苦しい。あたし、こんなにリョウのことが好きなの。
いっそリョウの恋人役なんかやめられたらいいのに。いったいいつまであたしはこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないの? 影を倒して村へ戻るまで? 村へ戻って、そのあとリョウが自分の国に帰ってしまったら、あたしはこの苦しさから開放されることができるの?
苦しいのはあたしだけじゃない。だってリョウはずっと命の巫女とシュウのことを見てるんだもん。こんなに間近で仲のいい2人を見ていて、リョウが苦しんでないはずないよ。きっとリョウだって一刻も早くこの苦しみから解放されたいと思ってるんだ。
―― いつの間にか眠りに落ちて、目覚めたときにはシュウたちの話し声が聞こえていた。布の中で涙を流してないかどうかだけ確認してから身体を起こすと、気づいたリョウが微笑んでくれる。
「おはようユーナ。いい夢は見られたか?」
「……ううん、夢は見なかったわ。……みんなおはよう」
「おはよう、祈りの巫女。よく眠れたみたいね」
「幸いにして影の襲撃はなかったようだな。さすがに夜は奴らも眠るらしい」
みんなの表情は明るかった。あたしも笑顔を作ってみたけれど、自分がちゃんと笑えているかどうか自信はなかった。
「お腹が空いたわよね。シュウは錯覚だって言うけど、現実にお腹は空くんだもん。また影が来ないうちに食べちゃいましょう」
そう言って支度を始めた命の巫女をぼんやり見つめながら、あたしは必死に自分の笑顔を思い出そうとしていた。
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「それで? 本体までの道は判ったのか?」
「見えることは見えるんだけどさ、こいつ自身が方向音痴すぎてぜんぜん駄目なんだよ。かといってオレに祈りの力はないから代わりに見てやる訳にもいかないし」
「だってすごい迷路みたいになってるんだよ。あんなのシュウだってぜったい判らないよ。それにガゾウがときどき飛ぶんだから」
「ガゾウが飛ぶ? どういう意味だ?」
「判らないけど、ふっと何かに邪魔されるみたいに視点が違う位置に移動しちゃうの。だからその場所だけは何度やっても正確に見えない。もしかしたら精神的なバリヤーみたいなものが張ってあるのかもしれないよ」
「なんの話をしてるの?」
命の巫女が用意してくれた食事をほおばりながらあたしが訊くと、シュウが振り返って説明してくれた。
「ほら、昨日君が離れた場所にいるリョウの様子を見てただろう? もしかしたらユーナにも同じことができるんじゃないかと思ってさ、影の本体の位置を透視してもらったんだ。道が判れば余計な時間を使わなくて済むからね」
シュウに言われて初めて気づいたあたしはかなり情けない気がした。あたしの祈りにはこういう使い道もあるんだ。もしも昨日のうちに判っていたら、影が出てくる場所になんか誘い込まれなくても済んだかもしれないのに。
「ごめんなさい、あたし、気づかなくて」
「いいって。影と戦ったおかげでいろんなことが判ったし。……ま、そんな訳だから、よかったら祈りの巫女も見てくれないかな。ユーナじゃぜんぜん頼りにならないんだ」
「だから! あたしが悪いんじゃないんだって。チョー複雑なスリーディーダンジョンみたいなもんなんだよ。おまけに目隠しゾーンもあるんだから!」
「判ったわ。あたしも見てみる」
それ以上険悪な2人を見ているのが耐えられなくて、あたしは祈りの姿勢を取った。
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神様の気配に同調して、徐々に感覚を広げていく。視点を引き上げて空から全体像を見渡せるようにする。この時点ですぐに命の巫女が言ってることが判った。この場所は天井より上にも下にも限りなく部屋や通路があって、村を空から見渡すようにはいかなかったから。
とにかくまずはここがどのくらい広い場所なのかを見極めなければいけない。だから視点をずっと引き続けていたんだけど、いつまで経っても全体が見えてこないの。あたし、祈りの力の限界なんて今まで知らなかった。それ以上視点が引けなくなって、やっとそれがあたしの限界なんだって判ったんだ。
見える範囲の広さだけでいったいどのくらいあるだろう。たぶん、村の広さの軽く100倍はあるに違いないよ。こんなところだとは思わなかった。広い建物の中だとは思ってたけど、まさか村の100倍以上も広い建物だなんて。
1度戻って、目を開けたあたしは見守ってくれていた命の巫女と視線を合わせた。
「ここ、どこ? 広すぎてぜんぜん判らない。どうしてこんなに広いの?」
「びっくりしたでしょう? でも、広さに惑わされないで。あたしたちはあの扉をくぐってここに辿りついたんだもん。影の本体の場所はそんなに遠くないはずよ」
「……そうか。そうよね」
命の巫女に励まされて、あたしは再び視界を拡張させた。今度は目一杯広げるなんてことはしないで、今いる場所を中心にしてあたしが手に負える範囲 ―― 村の大きさと同じくらいで止めておく。その球体の中に影の気配を探ったけど、とりたてて変なところはなかったんだ。……ううん、そうじゃない。1箇所だけおかしなところがある。
―― 祈りの巫女、聞こえたら答えて。
不意にその声が感覚の中に割り込んできて、あたしは驚いて注意を向けた。姿は見えないけどあたしには判ったんだ。それが命の巫女の声なんだ、って。
「聞こえるわ。でもどうして?」
―― もしかしたらと思って身体に触れてみたの。いま、あたしも祈りに入ってる。あなたの見ているものがあたしにも見えてるわ。
こんな力の使い方ができるなんて思ってもみなかった。昨日祈りを覚えたばかりなのに、まるで命の巫女の方が祈りの先輩みたい。
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「命の巫女、あそこにおかしな場所があるの。なんだか乱れててはっきり見えない」
―― あれよ。さっきあたしが言ってた精神的なバリヤーって。近づいてみると判る。
そこは今いる場所から2階層くらい上にあって、直線距離で神殿から村までと同じくらい。あたしはその場所に視点を近づけてみたんだけど、触れるか触れないかのうちに見ている範囲がすっと横にずれてしまったの。気がつくとあたしはぜんぜん関係ない方を見ていて、なんとなく命の巫女が言った「ガゾウが飛ぶ」という意味が判ったような気がしていた。
「影が邪魔をしているの? あたしたちに見られたくなくて」
―― たぶんそうだと思う。祈りの巫女には判る? あそこへたどり着くまでの道順。
「そうね。見てみるわ」
場所は最初に見たカイロズがある白い部屋の上あたりだ。まずは上にあがらなくちゃいけないから、あたしはバリヤーの近くに階段のようなものを探したの。でもそれらしいものはぜんぜん見つからなかったんだ。中が空洞になっている縦穴のようなものは見つけられたけど。
命の巫女に声をかけてから再び戻ると、あたしのすぐ隣で手に手を添えている命の巫女の姿を見ることができた。シュウとリョウが心配そうに覗き込んでいる姿も。
「驚いたわ。命の巫女があたしの祈りに同調してきたの。とつぜん声が聞こえるんだもん」
「成功したんだ。だったらこの方法はこれからも使えるかもしれないな。それで? 道は判った?」
「バリヤーの場所がね、ここより2階層くらい上にあるの。でも近くに階段が見つからなくて。今度はもう少し広い範囲を探してみるわ」
「そうか! 先に階段を探せばよかったんだ! あたし、道にばっかり気をとられてたから」
あたしよりも少し遅れて現実に戻ってきた命の巫女が声を上げる。……シュウが命の巫女を方向音痴だって言ったの、なんとなく判る気がするよ。あたしでさえまずは階段を探そうって思ったのに、命の巫女はそれに気づかなかったなんて。
「階段か。……ユーナ、階段と平行してエレベータを探してくれるかな。たぶん祈りの巫女には判らないから」
そうしてまた2人で道を探して、あたしはさっき見つけた縦穴がエレベータってものであることを知ったんだ。
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荷物を背負って、あたしたちは通路をレンガの部屋の方へ戻っていった。戦闘の跡はまだ生々しくて、部屋にはリョウや命の巫女たちが倒した影の死骸が無造作に積み重なっている。そこからあたしたちはもとの通路を逆行していったの。なぜなら、あたしと命の巫女が調べたバリヤーまでの道のりは、最初に次元の扉を通って出てきた光るトンネルの反対側だったから。
「やっぱりシュウの言うことなんか信じちゃダメだね。おかげですごい遠回りになっちゃったよ」
「敵の方が1枚上手だったんだろ。それにバリヤーがある場所が必ずしも影の本体のある場所とは限らないんだ。これだって無駄足になる可能性もあるんだぜ、命の巫女のユーナ」
「んもう、屁理屈だけ一人前なんだから。でも考えてみたらシュウは4ヶ月前までチュウガクセイだったんだよね。チュウガクセイっていったら子供だよ、コ、ド、モ」
「……おまえ、人が気にしてることをずけずけと。誕生日はたった13日しか違わないじゃねえか」
「13日だって先輩は先輩なんだからね。おまえ呼ばわりされるなんて心外。もうちょっと先輩を敬いなさいよ、1年ぼうず」
「判りましたよ、ユーナ先輩。……ったく。誰だよ、4月でガクネンが変わるなんて決めた奴は」
影が現われない安心感からか、シュウと命の巫女は通路を歩きながらぶつぶつと文句を言い合っていたの。あたしには2人の話す内容がよく判らなかったんだけど、また口を挟んでもシュウに訳の判らない説明をされそうな気がしたから黙っていた。
カイロズのある部屋まで来たとき、みんなはそのまま通過しようとしていたんだけど、あたし1人だけ足を止めていた。
「祈りの巫女? どうしたの?」
「うん。……ねえ、ちょっとだけ調べさせて。その壁に隠し扉かなにかないかな」
さっき道を探していたときにチラッと思ったの。確かに道を辿るとすごく遠回りになるんだけど、この部屋の壁を突き抜けることができれば道程がかなり短縮されるんだ。あやしいのが入口からちょうど向かいの壁で、小さな文字が書いてあった壁に向かうと左側になる。あたしがその壁まで歩いて手を触れると、3人ともあたしのうしろについてきていた。
「この向こうがエレベータの目の前なの。抜けられたら遠くまで歩かなくて済むわ」
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「壁抜けなら次元の扉を使えばすぐにでもできるけどね。あれは意識を失うからできれば最後の手段にしたい。壁を壊すにしてもかなり力を消費しそうだし。……祈りの巫女、確かなことは言えないけど、ここはもしかしたら開くかもしれないよ。壁につなぎ目がある」
話しながら壁に触れて調べていたシュウが言う。シュウが示したところを見ると、確かにうっすらとだけど壁のつなぎ目が見えたの。カイロズの模様に隠されて見えづらいけど、指で辿るとちょうど通路の幅と同じくらいの大きさで壁が切り取られていたんだ。
「取っ手はないな。シュウ、どこかに壁を動かす仕掛けがないか?」
「今探してる。リョウ、ユーナ、おまえらも探せよ」
シュウの呼びかけで、3人は壁をあちこち調べ始めた。リョウは壁を押したり体当たりしたりして、力で動かせないか試している。もしかしたらこの壁は向こう側からしか開かないのかもしれない。でも、もともと動くように作られた壁なら、祈りの力でどうにかできるかもしれないよ。
あたしは壁から少し離れた場所にろうそくを立てて、祈りの姿勢をとった。この場所の神様はすごく近くに感じるんだもん。だからきっとあたしの祈りに答えてくれるはず。
まもなく、壁を伝う光がより活発に動き始めたかと思うと、シュウが言った壁のつなぎ目が向こう側へゆっくりと開いていったんだ。
「なんだ……?」
「祈りの巫女」
目を開けると、近づいてくる命の巫女と壁から視線をはずして振り返るリョウの姿を見ることができた。神様の目で見たのと同じように壁の一部が開いていて、あたしにも笑顔が戻る。
「本当に祈りの巫女の祈りの力ってすごいね。あんなこともできちゃうなんて知らなかったよ」
「あたしも。実際にやってみるまでできるとは思ってなかったわ。でも近道できそうでよかった」
リョウは何も言わずにあたしを見つめていて、あたしはシュウの姿を探して視線を移動させる。シュウはあたしたちの方をぜんぜん見ていなかった。なぜか、文字がたくさん書かれた壁に触れて、じっと見つめていたんだ。
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「シュウ?」
あたしの呼びかけにシュウは反応を示さなかった。ろうそくを消して回収していると、気づいた命の巫女がシュウに近づいていく。
「シュウ、どうしたの? なにか見つけた?」
近くに聞こえた命の巫女の声にびくっと反応したシュウは、ゆっくりと振り返って命の巫女を見て、そのあと床に座ったままのあたしを見つめたの。その目は何かに驚いているようにも、少し怖がっているようにも見える。シュウの頭の中が忙しく回転しているのが判る。
いったい何を驚いているんだろう。シュウがあたしの力を見るの、これが初めてって訳でもないのに。
「シュウ? どうかしたの?」
「……なんでもない。……扉が開いたんだね」
どこか上の空で答えたシュウが再び壁に向き直る。あたしも立ち上がって壁を見てみたけど、シュウがプログラム言語と呼んだ文字がたくさん書いてあるその壁の、いったい何がシュウの関心を引くのか、いまいちよく判らなかった。……そういえば前に見たときよりも少しだけピンク色の部分が増えているような気がするけど。
「壁の文字が気になるの? だったら少し調べていく?」
「……いや、大丈夫。たぶん必要なものは見たと思うから。出発しよう」
そう言うとシュウは先に立って扉を出て行こうとした。いったいどうしたんだろう。シュウは何も話したくないようで、何かをごまかそうとしているようにも見えるんだ。今までのシュウだったら、何かが判ったときには必ずあたしたちに話してくれた。あたしたちに理解できないことでも独り言みたいにぶつぶつ言ったりしていたのに。
シュウのおかしな態度にはリョウや命の巫女も気づいていたみたい。でもなにも言わないで、シュウが出て行こうとしたのをリョウが制して先に歩いていく。先の様子を見てリョウが合図してくれたから、あたしと命の巫女も2人のあとに続いた。壁の向こうは廊下になっていて、右に出て突き当たりを右に少し歩くとエレベータがあるんだ。
壁にあるドアには取っ手がなくて、いったいどうやって開けるんだろうと思っていると、慣れた仕草でシュウが壁の一部に触れた。
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シュウが触れた部分が光って、同時に扉の上にある光が少しずつ移動していく。でも壁のドアはぴくりとも動かなかった。
「……参ったな。動いてるよ」
「ねえ、エレベータなんて危険じゃない? 狭いし不安定だし、下手したら閉じ込められちゃうよ」
「いざとなれば次元の扉もあるから心配は要らない。それより問題は影の意図だ。こんな狭い場所で獣鬼やセンシャを使えないのは判るけど、昨日のロボットでネタが切れたとは思えないからな。どうして襲ってこないんだか」
ドアが開かなくてもシュウはぜんぜん気にしないで、のんびり命の巫女と話していたの。あたしはそわそわと落ち着かなかったんだけど、見るとリョウもドアが開かないことはそれほど気になっていないみたい。むしろリョウも命の巫女も、シュウが再びしゃべり始めたことの方にほっとしているようだった。
そのとき、いきなりガラスを打ち鳴らしたような澄んだ音が響いたから、あたしはぴくっと反応してしまった。気づいたリョウが肩を抱いてくれる。
「そばにいろ。大丈夫だ」
「うん。ちょっとびっくりしただけ。今のはなに?」
「さあな。……見ろ、ドアが開く」
背後のわずかな音に振り返ると、リョウが言ったとおり壁のドアが開いていて、シュウと命の巫女が扉を入ろうとしているところだった。向こう側は小さな部屋になってるみたい。さっき神様の目で見たときには縦長の筒でしかなかったから、この小さな部屋はどこかから動いてここにやってきたのかもしれない。
今のあたしはたぶん、傍からはおびえた小動物のように見えるんだろう。実際なんだか怖くて足がすくんでしまっていた。ここは今まであたしがなじんだどの場所とも違っていて、ほかのみんなが平然としているのがかえってあたし自身の恐怖を増長させているみたいだった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。俺が一緒にいる。狭くて不安かもしれないが、中に入るのは少しの間だけだ」
リョウに促されて、うなずいたあたしはようやく足を動かすことができた。
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実際のところ、エレベータの中にいたのは本当に一瞬の間で、気がつくと扉が開いていた感じだった。扉の外の風景がさっきと違っていなければ部屋が動いたことなんか信じられない。音も振動もほとんどなくて、でも扉を出たときに立ちくらみのようなめまいがわずかに身体に残っていた。
―― リョウ、本当に命の巫女と同じ世界の人なんだ。だってなんの疑問も持たないでエレベータに入ることができるんだから。
「で? ガゾウが飛ぶってのはどのあたりなんだ?」
「うん、たぶん位置的にはこの正面で間違いないと思う。どうやったら行けるのかは判らないから、中に入れそうなところを歩いて探してみるしかないかな」
「この壁の向こうか。……たとえ誘い込まれてるんだとしてもこれで最後にしたいところだな」
ぼそりとシュウが言って、正面の壁に沿って右に向かって歩き始める。でもその道はすぐに行き止まりになってしまったんだ。引き返して、今度は逆側に向かって歩き始めたけど、右に曲がる道はぜんぜんなかったの。反対側に行く道なら何本か見つけることができたのに。
「ユーナ、迷路攻略法って知ってる?」
「あれじゃないの? 片方の壁に触れながら延々と歩く、ってやつ。で、同じところに戻っちゃったら逆の壁を辿るんでしょ?」
「正解。でもそれをやってたら時間がかかりすぎる。だからもう1つの攻略法を試すよ」
「なあに? もう1つの攻略法って」
「壁をぶっ壊す! 出ろ、炎の玉!」
そう言っていきなりシュウが壁に向かって炎をぶつけたから、あたしも命の巫女も驚いちゃったの。もしかしてシュウ、ものすごく苛立ってた……?
「ユーナ、おまえもやれ! リョウ、祈りの巫女、確かレーザーガン持ってたよな!」
「おまえ……。判った。1ヶ所に集中して攻撃しよう」
リョウもシュウの勢いに押されたみたいで、しぶしぶながらも壁をレーザーガンで撃ち始めたの。
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表面が滑らかな白い石造りの壁は、シュウや命の巫女の炎とリョウが放つレーザーガンによって、少しずつ壊れていった。壁の厚みそのものはたいしたことないみたい。さすがに時間はかかったけど、程なくして壁の一部が壊れて中から光が漏れ始めたんだ。
「この光……。もしかして次元の扉か?」
シュウがいったん2人を制して、両手を使って壁を崩していく。今までの攻撃で弱くなっていた部分が崩れて、その向こうにはっきりと次元の扉特有の光が見えてきていた。
「まさか部屋全体を覆ってるのかよ。確かにこれじゃ部屋の中は見えないな」
「どうする? 向こう側へ行ってみるのか?」
「ほかに手がかりがないからね。行くしかないだろ」
「ちょっと下がってろ」
リョウがシュウと命の巫女を遠ざけると、レーザーガンで壁を丸く焼き始めた。それだけでは壁を壊すことはできなかったけど、焦げた部分がある程度の大きさになったときに向こう側へ蹴り込んだら、レーザーガンを当てたところを境にして壁が折れ曲がったんだ。
「ちょうどレーザーガンの光が切れた。1人ずつならなんとか通れそうだが、もう少し広げるか?」
「いや。しっかり手をつないでいこう。それで離れるくらいならどんなに密着してたって離されるだろ」
「だな。……ユーナ、そっちの手を命の巫女とつなげ」
リョウはシュウの言うことには逆らわないで、でも主導権だけは渡さないとでも言うように、あたしの手をとって先に壁の穴をくぐっていく。そんな、男同士のプライドをかけた争いのようなものが見えて、命の巫女と目をあわせてお互い苦笑いを浮かべちゃったの。どちらにしても、あたしたちはこんな2人についていくしかないんだ、って。
リョウに手を引かれてあたしも穴をくぐる。次元の扉を通ったとき、ほんの一瞬だけ意識を失った気がしたけど、自分でも本当はどうだったのか判らない。気がつくとそこは一面灰色の世界で、いつの間にかたった今通ってきたはずの次元の扉さえも見当たらなくなっていた。
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