「なにを訊きにきたのかは知らないけど、日記の内容を並べ立てて「あれは本当か?」ってのは勘弁してくれよ。そんなの、本当に決まってるんだから」
「…それじゃ、彼女の夫のリョウが異世界の人間だったっていうのも?」
「本当だよ。オレもときおりリョウ本人に向こうの話をせがんだものだ」
「影の世界での不思議な出来事なんかも?」
「そこまでは知らない。日記を読んだのなら知ってるだろう。オレはそのとき怪我をしていて祈りの巫女に同行することはできなかったんだ。あとから簡単に話は聞いたけど」
 村の正式文書では、リョウは1度死んで生き返ったことになっている。リョウがそれまでのリョウとはまったく違う人間で、異世界から来たことを知っていたのは、あの夫婦のほかにはオレだけだった。その事実だけでも神殿を驚かせるのには十分だったことだろう。まして、12代目の祈りの巫女は禁忌を犯している。この事実を知っていた当時の守りの長老と守護の巫女は最期まで沈黙を守っていたけれど、もしかしたら祈りの巫女はそれさえも日記に告白しているのかもしれない。
 祈りの巫女に、嘘をつき通すだけの強さはなかった。彼女にとって日記は、真実を吐き出す痰壺のようなものだったのだろう。――おそらくオレ自身の存在も、彼女にとっては似たようなものだったのだろうが。
「ゴーグ、君が祈りの巫女の物語を書くなら、日記の内容を疑うのは厳禁だ。これは先輩として忠告するんだけどね、それがたとえ嘘だったとしても、まずは信じることから始めなければいけない。君がこれから書くのは事実じゃない。祈りの巫女の真実なんだ。それを理解していなければ、そもそも物語を書くことなんかできないよ」
 以前、祈りの巫女本人に指摘されたことがある。2代目祈りの巫女セーラの物語は彼女の真実を映していないと。その出来事はのちのオレにも多大な影響を与えた。オレがその後の人生で巫女たちの物語の執筆を多く手がけることになったのも、あのときの出来事がきっかけになっていたのかもしれない。
「…容易には信じられないな。だけど、オレにはまだあなたという生き証人がいる。それは幸運だと思っていい」
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