「やはり祈りの巫女よりも先に死んでおくべきだったな」
「これも神様が決めた寿命だ、タキ。あなたには命が続く限りオレに付き合ってもらう。あなたが神官を引退していてくれて本当によかったよ。まかり間違えばタキは守りの長老になってた可能性だってあった――」
ふと、なにかに気づいたようにゴーグは言葉を切って、続けた。
「――まさか、あなたは知ってて守りの長老を辞退したのか? 祈りの巫女が真実を日記に記していることを知ってて」
神殿が今どんな状態なのか、長い間神官をしていたオレには想像できる。守りの長老は祈りの巫女の日記公開によって、それまで真実とされてきた正式文書の記載を改めるべきか否か、さぞかし頭を悩ませていることだろう。別にそれを見越していた訳じゃない。自分でも不思議だった。祈りの巫女が死んだ神殿に留まる理由が、あのときのオレには見つけられなかったんだ。
「年は下だが神官としてはスクの方が優秀だった。オレもだいぶ身体がきかなくなっていたからな。自分でもこれほど長生きできるとは思ってなかったんだよ」
「…まあ、そういうことにしておく。どちらにしてもオレには都合が良かったんだから。物語が完成するまでタキには付き合ってもらうからそのつもりで。たとえ嫌だと言っても付きまとうよ、オレは」
そう口にして、ゴーグはやっと年相応の笑顔を見せた。どうやら厄介な物語を任された重圧よりも、オレの話を聞けるという興味の方がまさったのだろう。彼の年齢はオレの半分にも満たないが、その人生の長さはお互い1でしかない。これから先、オレがどのくらい生きられるのかは判らないけれど、人生の最後に祈りの巫女の物語執筆に関われるのならばそれはそれで幸運なことなのかもしれない。
…そうか。神がオレに与えたのがこの仕事なのか。祈りの巫女と同じ時を生きて、最期に彼女の真実を後世に伝えるということが。
「さっそくだけどタキ、これは祈りの巫女の日記でははっきりしなかったことだから答えて欲しい。…タキが生涯結婚せずにいたのは、祈りの巫女を好きだったからなのか?」
若さゆえなのか、ゴーグは答えにくいことを単刀直入に訊く。あいまいにごまかしつつオレは背中の痛みをこらえた。
その答えも、オレが彼女の物語を辿るうちには見つかるのかもしれないと思いながら。
了
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