ゴーグの態度にはあまり落ち着きが感じられなくて、オレは少しでも落ち着いてもらおうと台所でお茶を入れさせた。苛々しながらも従うゴーグを見て、逆の立場だった頃ならオレも苛々しただろうことを思ってちょっとおかしくなる。あの頃は、老人がなぜこうしてタイミングをはずすのか、理解できなかった。今なら判る。オレにだって心の準備をする時間が必要なのだ。
 驚きに対して臆病になっている。まだ、自分に時間がたっぷりあると思っていた頃なら、この世のすべてを知り尽くしたいと夢を語ることもできた。だが今のオレはそれが無理なのだと知っている。この村の最高齢記録は83歳だ。まるで、人間はこれ以上生きることができないのだとでもいうように、75歳に達してから80歳までの間にばたばたと死んでいく。
 慣れない台所で苦労しながらお茶を入れ終えたゴーグは、ベッド脇に椅子を置いて腰掛ける頃には少しだけ落ち着いたようだった。
「いきなり押しかけてしまって。オレ、今度祈りの巫女の物語を執筆することになったんだ。リョウが死んで2年経ったから、日記の公開が始まって、今神殿は大騒ぎになってる。…まさかタキがあれほどあの件に深く関わっていたなんて」
「オレもさっさと死んでおけばよかったな」
「そんな! 生きていてくれて本当に助かったよ。現存する神官であの件に関わったのはタキだけなんだ! 事実、神官の中には祈りの巫女に虚言癖があったんじゃないかなんて疑う人間もいる。祈りの巫女が亡くなったとき、オレはまだ22歳だったけど、日記に嘘を並べ立てるような人には見えなかった。気高くて、でも優しくて、…こう言っては失礼かもしれないけど、とてもかわいらしい人で」
 幾分顔を赤らめたゴーグの物言いにオレは思わず笑みを漏らしていた。晩年の祈りの巫女はいつも穏やかな物腰で、誰に対しても笑顔を絶やさずに接していた。孫より年下の神官に「かわいらしい」などと思われていたとしても少しもおかしなことはなかっただろう。
「そうすると君はまだ28歳か。その年で祈りの巫女の物語の執筆を任されるとは、ずいぶん優秀なんだな」
「たぶん違うと思う。おそらくオレより年上の神官は、祈りの巫女を知りすぎていて冷静な執筆ができないと判断されたんじゃないかと」
「肝心の日記がとんでもない内容だったから?」
 ゴーグは明言を避けて視線をはずした。確かに荷が重いだろう。オレは、祈りの巫女が日記に嘘を書いたなどとは思えない。あのときの出来事がすべて詳細に書かれた日記を手にしたのならば、その責任の重さに誰もが二の足を踏むだろうことは想像に難くなかった。
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