「い祈りの巫女! ちちょっと待てよ!」
本当に呼び止める間もなかった。きびすを返した祈りの巫女は気づいたときにはもう神殿を飛び出していて、あわてて神殿の扉から下を見るともう走り去る背中しか見えなかったんだ。
いったい彼女はなにを勘違いしてるんだ? オレが本気でリョウに見送って欲しいと思ってるって? 冗談じゃないよ! これ以上ユーナとリョウを会わせて、万が一にもユーナの初恋が再燃でもしてくれたら、オレってめちゃくちゃピエロじゃないか!
それに運命の巫女だ。これから祈りの巫女がリョウの家まで往復してたら、間違いなく夜が明けちまうだろう。たとえ運命の巫女がユーナと違って正真正銘の年下だからって、顔や仕草が並より多少かわいくたって、オレにとってのユーナの存在とは比較にならないんだ。更に、彼女に関わって出立が大幅に遅れちまったら、おそらく夏休み中には帰れなくなる。
「行っちゃったね」
ユーナがボソッと話しかけてくる。
「どうするのシュウ。リョウのこと待ってる?」
「…いや、帰る。断固帰る。今ここで運命の巫女に会う危険を犯してまでリョウの顔を見る気になんかぜんぜんなれない」
「だよね。…でもさ、どうしてシュウってそんなにリョウを毛嫌いする訳? 影の世界にいたときなんか思いっきり助けられてたじゃない」
「お互い様だろ? オレだってさんざん助けてたさ」
「あのレンガの部屋を突破されたときだって、あたしが危ないって言うのに「リョウはぜったいロボットなんかに殺されされたりしない」って2人がいる通路に背中向けて。それってリョウを信頼してたってことじゃないの?」
「そりゃ、あいつの戦闘能力はそれなりに評価してるさ。だけど嫌いなもんは嫌いなんだ」
「でもリョウはほんとにいい人だよ。ずっとあたしたちを危険から庇ってくれてたし、ぶっきらぼうに見えて意外に親切で――」
「うるさい」
面倒になって、オレはキスでユーナの口をふさいだ。思ったとおり、とつぜんのキスに驚いてユーナは黙る。
「オレがあいつを嫌いな理由はな、おまえがそうやってリョウを褒めること、ただそれだけに尽きる。――帰るぞ」
なにを言われてるか判らないのか、ユーナは呆然とオレの顔を見つめていた。これ、マジ天然だから始末が悪い。
片腕だけ使って、一瞬力任せに抱きしめたあと、オレはユーナに背を向けて再び次元の扉の入口を作った。
了
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