唐突に猫をかぶったオレは、暗闇で見えないのは判ってたけど笑顔で祈りの巫女に相対した。
「よく起きられたね。無理してきてくれなくてもよかったんだよ」
「おはよう」
祈りの巫女はそうオレたちに挨拶して、神殿の中を一通り見回して不思議そうに言う。
「あたしだけなの?」
「ほかのみんなには早朝とは言ったけど、夜明け前とは言わなかったからね。正確な時刻を知ってるのは君だけなんだ」
「そんな、それじゃ本当に誰にも見送られないで帰っちゃうつもりだったの?」
「神殿の人たちには昨日ちゃんと挨拶したからね。お互いに心残りはないよ。…さ、ユーナ。祈りの巫女の顔は見たんだし、もういいだろ? オレはさっきから気が気じゃない」
「うん、判ってる」
こちらもソッコー猫をかぶったユーナは思いっきり素直な声色でオレに答えると、祈りの巫女に向き直って両手を差し伸べる。
「祈りの巫女、これからが大変だと思うけど、元気でね。身体を大切にして、くれぐれも無理はしないで」
「ええ、ありがとう。命の巫女も元気で」
そこまでがオレの限界だった。まだ別れを惜しむかもしれない2人を促すつもりで先に次元の扉を開いたんだ。
「次元の扉!」
「シュウ! ちょっと待って! リョウがまだきてないわ!」
とつぜん口調が変わった祈りの巫女の声に驚いて次元の扉を消す。声そのものはユーナと同じだから聞き覚えがない訳じゃないんだけど、祈りの巫女のこんな鋭い声、もしかして初めてかもしれない。
「リョウ? 別にリョウの見送りなんかいらないよ。今日帰ることは一昨日会議で会ったときに話してあるし」
「すぐに連れてくるわ!」
…は?
「もしかしたら寝坊してるのかもしれない」
「え? 別にいいよ。こんな時間にわざわざ起こすことないって――」
「ぜったい待ってて! ほんとにすぐに連れてくるから! …もう、どうしてこんな大事なときに寝坊なんかするのよ!」
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