外伝短編「夜明け前」
「――ほんと、シュウって八方美人ていうか、誰にでも親切なんだから。しかもカノジョのあたしのこと大事にしてないでしょ。だからそうやって人に誤解されちゃうんだよ」
暗闇の中、ろうそくのわずかな明かりに照らされたユーナが、ちょっと怒ってるような呆れてるような表情でオレに文句をたれる。
「大事にしてるじゃんか! オレ、ユーナ以外の女なんてほんとに目に入ってないんだぜ。お互い高校生じゃなかったらとっくに結婚申し込んでるっての」
「このあいだ祈りの巫女に訊かれたときには保留だって言ってたくせに」
「いちいち蒸し返すなよ。つーか、既にはるか昔に申し込んでるの、おまえ覚えてないのか?」
「4歳の頃のことなんて覚えてる訳ないよ。それにあたし、その頃リョウちゃんのお嫁さんになる予定だったんだもん。もしもシュウに結婚申し込まれてたってとっくに断ってるって」
「…だからさ、そういう時は嘘でも「あたしだってシュウちゃんのお嫁さんになるって決めてたもん」くらいのこと言ってくれてもいいんじゃないのか? いちいち傷ついてるオレがバカみたいだ」
「なんで? こんなので傷ついたりするの?」
「するの! ったく、わざとじゃないなら今ここで奴を引き合いに出すのはやめてくれ。できることなら一生リョウの名前なんか口にするな。オレにとっては2度と聞きたくない名前なんだ。これでほんとにオレの前からいなくなってくれるかと思うとせいせいする」
ユーナはちょっと考える風に黙り込んだ。ユーナって実はかなりぼんやりなところがあって、それがかわいいと思えるときもあるんだけど、そのぼんやりってのはけっこう無神経と密接な関わりがあったりする。ユーナはよくオレのことを無神経だと言うけど、ある意味自分もそうなんだってことには気づいてないみたいだ。
夜明け前の神殿の中は真っ暗で、床にいくつか立てられたろうそくだけがあたりを照らしている。オレは腕時計を炎に近づけて時刻を確認した。そろそろこの村での日の出の時刻が近づいてる。
このまま待ってても祈りの巫女がくるかどうかは判らなかったから、オレとしてはさっさと次元の扉をくぐって元の世界へ帰っちまいたかったんだ。だけどユーナが「せっかく見送りにきてくれるのに待たないなんて失礼だよ」って言って譲らないから、しかたなくオレもくるかどうかすら判らない祈りの巫女を待っているところだったりする。
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