目の前の世界が変わっていくのをはっきりと感じることができる。まるで世界が生まれ変わっていくみたい。ううん、本当は、変わったのはあたしの方なんだ。今が、あたしとリョウとの始まりの時なんだ。
 ここから新しく始める。嘘ばかりだった婚約者としてじゃない。本当の恋人同士としての新しい関係を、今この瞬間から始めるんだ。
「リョウ」
 名前を呼びながら、あたしは口元に微笑を浮かべてリョウを引き離した。少し不安そうな視線で見返される。
「前にシュウが言ってたことがあるわ。命の巫女はときどき凶暴でわがままなんだ、って。…きっとあたしも同じだと思う」
 あたしがなにを言い始めたのか一瞬判らなかったのだろう。リョウが答えるまで少し間があった。
「…見てればだいたい判る。だけどそれがどうした。そのくらいのことで俺は前言を撤回したりはしないぞ」
「シュウにも惹かれてたわ。告白したけどもちろん相手にされなかった。あたし、婚約者がいるのに別の人を好きになることもできるの」
「あいつに幼馴染の面影を見ただけだろ。おまえが本気だったとは思ってない」
「それは命の巫女がいたからだわ。もしも彼女がいなかったら本気になってたかもしれない。本気になるのが怖かったから、早いうちに告白しようって思ったの。…あたし、同時に2人の人を好きになることができるのよ」
 リョウはまた少し考え込んでしまう。本当にあたしが何を言いたいのか判らないんだろう。探るような目つきであたしを見つめている。
「軽蔑した?」
「…いや」
 その答えはたぶん反射的なものだった。あたし今、言葉の駆け引きを楽しんでる。こんな恋愛の始まり方もきっと悪くないよ、って。
「よかったぁー。それならリョウは、あたしがこれから言うこと、軽蔑しないでいてくれるわ。安心した」
 黙ったまま、リョウはあたしになにを言われるのかと思って身構えてる。素直に反応してくれるリョウがすごく愛しい。
「…あたしね、今、2人の人が好きなの。死んだリョウと、もう1人。――今、目の前にいる人」
 そう、ささやくように口にした次の瞬間、あたしは驚くリョウに抱きついて、唇を触れた。
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