「…ユーナ」
「…嫌。リョウを忘れたくなんかない。…どこにもいなくなっちゃう。あたしのリョウがいなくなっちゃう…」
だって、あたしは10年もの間、リョウのことを好きだったの。いつもリョウのことを追いかけて、いつかリョウのお嫁さんになりたいって、ずっと想いを育ててきた。あたしにはリョウがすべてだったの。あんなに好きだった人のこと、忘れたりなんかできる訳がない。
あたしのために命を落としてしまったリョウ。あたし、あなたを裏切ることなんかできないのに。できるはずなんかないのに。
いつの間にか床にぺたんと座り込んで泣いていた。静まり返った部屋の中で、自分の嗚咽だけが聞こえる。しばらくの間、あたしは涙をぼろぼろ流しながら泣いていた。目の前にある答えを認めるのが怖くて。
あたしが黙ってしまったからだろう。ずっと動かずに見つめていたリョウが、そっとあたしを抱き寄せた。
「忘れる必要はない。…たぶん。俺にも判らねえけど」
――追い詰められていたあたしの心。それが、リョウのその言葉で出口を見つけたような気がした。
「忘れたくないなら覚えてろよ。それがおまえの大切なものなら忘れることはない。俺を嫌いでもいいよ。…だけど、俺は諦めねえから。せめて傍にいることくらい、許してくれ」
今、初めて、あたしはあたしのリョウとこの人とを切り離すことができた気がした。すごく良く似ているけれど、でもぜんぜん違う存在なんだ、って。あたしの心はとっくにこの人を選んでいた。あの日、影の誘惑を退けたときには既に。
この人に帰って欲しかったのは、今あたしの心の中にいるのがこの人なんだって、認めてしまうのが怖かったから。
あたしのために死んでしまったリョウを、本当の意味で裏切るのが怖かったから――
「俺は、おまえの中にいるリョウと一緒に、おまえの傍にいたいんだ」
ほんの少し前までの、この人に対する気持ちとは、ぜんぜん違っていた。ずっと好きだと思っていた。だけど、今の気持ちとは違う。
涙を拭いて目の前にいる人を見上げた。まるで初めて見る人のような気がした。あたしはこの人に恋をしている。リョウという名前の、別の村からやってきたこの人に。
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