そう答えたリョウの声は少し恥ずかしそうな感じて、声しか聞こえないあたしにもリョウの表情が想像できる気がした。
…リョウ、さっきからいったいなにを言おうとしているの? もしかして、リョウはあたしのこと…?
「…歴史が、歪んじゃうよ。リョウがリョウの世界にいなくなったら、リョウと結婚するはずの女の子が困るって、タキが…」
「…あんのバカが!」
「違うわ! ごめんなさい。タキがそう言ったんじゃないの。歴史が歪むかもしれないっていうのはシュウがタキに話したことなの。命の巫女がライを連れて帰りたいって話をしにきたから。本当ならいるはずの人がいなくなったり、逆にいないはずの人が現われたりしたら、歪みがどんどん広がっていくんだ、って」
リョウが今にも殴り込んでいきそうな気配を見せたからとっさにごまかしていた。リョウは少しだけ考えて、やがて静かに言ったの。
「歪みなら、おまえが俺の命を助けた時点で既に歪んでるだろ。本来俺は死んでるはずの人間だったんだからな」
「だけどそれは影の世界での話でしょう? リョウを助けなかったらその方が歪んでたはずだよ」
「そっちじゃねえ。おまえが俺をこの村に呼び出したときの話だ。俺はあの時ヤケンの群れに喰い殺されるはずだったんだ」
――あの時、ランドは言ってた。獣に襲われてあそこまで怪我をしていたら、本当はそのまま殺されてしまうのが普通なんだ、って。リョウはあたしの願いを受けた神様に連れてこられた。あの時神様は、本当は死ぬはずだったリョウの命を助けていたの…?
「おまえがこの村に俺を呼び寄せたりしなければ、俺はこの村にも自分の世界にも存在していないはずだった。つまり、俺はあの世界では既に死んでるはずの人間なんだよ」
それは、どういうこと? リョウには既に帰る世界はないってことなの…?
「おまえが俺の命を助けたんだ。そのこと自体は感謝しているが、俺がこの村に残ろうと思ったのはそれとは別だ。…それだけか? おまえが俺を帰らせようと思った理由は」
リョウに訊かれて、あたしは考えた。あたしがリョウを帰らせようと思った理由はもう1つだけあった。それはリョウにこのままあたしの婚約者のふりを続けさせたくないということ。でもそんなこと、リョウに直接なんて言えないよ。
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