「…おまえ、そんなに俺を行かせたいのかよ」
 リョウがボソッと口を開いた。その低い声にあたしはまたドキッとする。…まさか、リョウは帰りたくないの? 今、命の巫女は帰ろうとしていて、リョウが自分の村へ帰れるチャンスは今しかないっていうのに。
「どうして? だって、リョウは自分の村へ帰れるんだよ。誰だって自分の村で暮らすのが1番幸せなことなんだもん。リョウだって言ってたじゃない。村人は村に根付いているものなんだ、って」
 それはまだ命の巫女がくる前、影が村を壊しているときの会議の席の言葉だった。村人にとって村は命なんだって、リョウは神官たちに力説していた。あたしが根付いている村はこの村だけど、リョウが根付くべき村は命の巫女と同じ世界にあるんだ。
「あたしは影の世界にいるとき、ぜったいに村へ帰るんだって思ってた。あたしだってリョウと同じ立場なら自分の村へ帰りたいと思うよ」
「そういう意味じゃねえ! …おまえは、俺が帰っても平気なのか? 本気で俺に帰って欲しいと思ってるのか?」
「あたしのことなら心配要らないよ。だって、村のみんながあたしを守ってくれてるんだもん。これから先、リョウが死んだ辛さがまたぶり返すかもしれないけど、この村にいればあたしは生きていける。だからリョウが心配してくれなくても――」
「そういうことを聞きたいんじゃねえよ!」
 リョウは膝を抱えるようにうずくまっていて、あたしがきてから1度もあたしの顔を見ることはしなかった。リョウが全身で拒絶していたから、あたしもそれ以上はリョウに近づくことができなかったの。いったいなにを苛立っているのか判らなかった。あたし今まで、リョウが帰るまで、って思ってやっと自分を支えていたのに。肝心のリョウが帰ってくれなかったらあたしの方が崩れてしまいそうだった。
「…ねえ、リョウ。もしも体調が悪いなら、命の巫女とシュウに頼んで出発を延期してもらおうか?」
 リョウからの返事はなかった。あたし、平静なままこれ以上ここにいられる自信はなかった。本当にそうしようと思って立ち上がりかけたとき、いきなりリョウに手を掴まれてあたしは硬直してしまったの。
「頼む。逃げないでくれ。…怒鳴ったりして悪かった。なにもしないから怖がらないでくれ」
 リョウの言葉にまたドキッとする。それは以前、あたしのリョウがあたしに対して言ったのとまったく同じ言葉だったから。
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