東の山の稜線がほのかな光を放ち始める頃、身支度をしたあたしはランプの灯りを頼りに重い足を引きずって神殿へと向かっていった。石段を登り切ると中から遠慮がちな低い会話が聞こえてくる。軽くノックをして扉を開けると、いくつか立てられたろうそくに照らされて命の巫女とシュウが振り返るのが見えた。2人とも最初に神殿に現われたときの服装になっていたから、少しだけ違和感がある。
「よく起きられたね。無理してきてくれなくてもよかったんだよ」
「おはよう。…あたしだけなの?」
もしかしたらまだ早すぎたのかもしれない。回りを見回しながら言うと、苦笑しながらシュウが答えてくれた、
「ほかのみんなには早朝とは言ったけど、夜明け前とは言わなかったからね。正確な時刻を知ってるのは君だけなんだ」
「そんな、それじゃ本当に誰にも見送られないで帰っちゃうつもりだったの?」
「神殿の人たちには昨日ちゃんと挨拶したからね。お互いに心残りはないよ。…さ、ユーナ。祈りの巫女の顔は見たんだし、もういいだろ? オレはさっきから気が気じゃない」
「うん、判ってる。…祈りの巫女、これからが大変だと思うけど、元気でね。身体を大切にして、くれぐれも無理はしないで」
「ええ、ありがとう。命の巫女も元気で」
命の巫女が差し出した手を握って、あたしはあたしによく似た命の巫女と別れの言葉を交わした。あたりが暗くて命の巫女の顔もあまり見えない。きっと命の巫女にもあたしの顔はよく見えないだろう。涙のあとを見られなくて良かったと思う。
「次元の扉!」
そう、シュウの声が聞こえて、次の瞬間シュウの前に光の輪が現われたの。あたし、いきなりのことでびっくりして言った。
「シュウ! ちょっと待って! リョウがまだきてないわ!」
「リョウ? 別にリョウの見送りなんかいらないよ。今日帰ることは一昨日会議で会ったときに話してあるし」
いったん次元の扉を消したシュウが振り返って言う。リョウまさか、一緒に帰ることをシュウたちに伝えてなかったの?
あたしが見送りにきててよかったよ。もしもあたしがいなかったらリョウはこのまま置いていかれるところだったんだから。
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