「たとえばライがシュウたちの世界で結婚して子供が生まれたら、その子供も本来なら存在しなかったはずの人間になる。ライの奥さんになった人も本当なら別の人と結婚して子供を産むはずだったかもしれないのに、その子は生まれなくなる。逆に、この村でライと結婚するはずの女性は結婚相手がいなくなる。たかが子供1人、って思うかもしれないけどね。たった1人でも時間が経てば経つほど歴史の歪みが広がっていくんだ」
その話を、あたしはすぐに理解することができなかった。いきなり歴史の歪みがどうとか言われても頭がついていってくれなかったの。
「…同じことが言えると思うよ、リョウにも」
「…」
「リョウはシュウたちの世界に属する人間なんだ。リョウにはリョウの世界に将来結婚する相手がいるかもしれない。それだけが理由じゃないけど、リョウがいなくなればリョウの世界では確実に歪みができるからね。君がそう決心して、リョウが帰ることを承知したのなら、オレはそれが正しいことだと思うよ」
そうか。ライは将来オミの娘と結婚する。もしも命の巫女がライを連れて行ってしまったら、オミの娘には結婚する相手がいなくなるんだ。本当だったら一緒になるはずの2人を引き裂いてしまうことになる。…リョウにも決まった相手がいたとしたら、あたしはリョウとその人とを引き裂くことになってたかもしれない。
大丈夫。あたし、諦められる。だって、あたしは人を不幸にしてまで幸せになんかなれないもん。人を幸せにして初めて幸せになれるのが祈りの巫女なんだ。あたしは、1人の女性としてよりも、祈りの巫女として生きるべき人間だから。
「祈りの巫女?」
「あ、うん。ちょっと話が難しくて考え込んじゃった。でも、タキの話はなんとなく判ったわ。あたしの結婚相手はもう死んじゃってる。だからあたしは独りで生きていくのが正しいことなのね」
「…まあ、そういうことを言いたかったのともちょっと違うんだけど。まわりのことはオレに任せて、その先はゆっくり考えればいいよ」
タキの返事は歯切れが悪かったけど、それでも微笑んでくれたから、あたしはタキを安心させるために笑顔を向けた。
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