リョウに騙されていなくても、あたしは元気でいられる。それが判ったから、リョウはようやく呪縛から解き放たれる。これでリョウは、心置きなく自分の村へ帰ることができるよね。
「今まで黙っててごめんなさい。気づいていたのに、リョウを失うのが怖くて、ずっと演技してた。リョウを失ったら自分が自分でいられなくなるような気がして。…でも、あたし、大丈夫だってことが判ったの。ここはあたしがずっと育ってきた村で、みんながあたしのことを支えてくれる。たとえリョウがいなくても、村のみんながあたしをちゃんと見ていてくれるの。…みんな、あたしのために幸運を分けてくれた。ここは、あたしが影の国から無事に帰ってくることを心から願ってくれた、優しい村人たちがたくさんいる村なの」
あたしは大丈夫。今、こうして笑顔で話すことができる。だからリョウは信じてくれるよね。もう、あたしを心配しなくても大丈夫なんだって、リョウは判ってくれるよね。
「祈りの巫女の仕事を続けていけば、今度は村のみんなが幸せになるわ。みんなが幸せになればあたしも幸せになれる。そのうち、あたしにもきっと新しい恋人ができると思うの。今はまだぜんぜん考えられないけど、いつかはリョウのことも忘れられると思う。だから――」
「判った」
言葉の途中で目を伏せたリョウが、まるであたしの声をさえぎるようにそう言った。判った、ってただ一言。
その言葉の意味が飲み込めたとき、あたしは心臓が掴み出されているような、そんな気がしたの。――これで、本当にリョウは帰ってしまう。あたしの最後の言葉をさえぎったリョウ。リョウの短い言葉の意味は、きっとあたしが次にいうべき言葉を悟ったってことだったから。
「…明日の早朝、夜明けよりも前に帰るって、命の巫女たちは言ってたわ。もちろん、あたしも見送りに行く」
それ以上そこにいる勇気がなかった。椅子を立ちかけたあたしは、思い出してリョウが入れてくれたお茶を一気に飲み干す。
「お茶、ありがとう。…おいしかった」
あたしが立ち上がっても、リョウは顔を上げてくれなかった。ゆっくり、扉の方に向かう。振り返ることはしなかった。別れの言葉を言うことも。あたしの目に涙がにじんでいること、リョウに気づかれたくなくて。
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