沈黙が重かった。すぐにでもこの家を飛び出して逃げてしまいたかった。だけど、今ここで逃げたら、あたしは今度は自分を許すことができなくなるだろう。
「ユーナ、おまえ…判って――」
 リョウの方からこの沈黙を破ってくれたから、あたしもようやく呼吸を始めることができた。
「…見るのは、初めてなの。ランドとタキがリョウを治療してくれて、そのとき脱がせた服と持ち物を、ランドが今日まで保管しててくれたから。…でも、これ、見たことあるよ。命の巫女が持ってたの。ケータイデンワ、っていうんだって」
 リョウは何も言わなかった。また再び沈黙に襲われるのが怖くて、あたしは話を続けた。
「最初は音がしてたみたい。いつの間にか音はしなくなったけど、たぶん壊れてはいないと思うわ。命の巫女が…デンチとか、デンパとか、そういうことを言ってた。だから、持って帰ればまた使えるようにできるよね、きっと」
 そのとき、リョウが大きく息を吐いた。
「…いつから、判ってた。…最初からなのか?」
「ううん。違うよ。最初はあたし、本当に信じてた。あたしのリョウが生き返って、記憶をなくしてしまったんだ、って。…命の巫女たちがね、神殿に現われたとき、シュウがあたしを見て「ユーナ」って言ったの。…それだけだったから。ぜんぶ、リョウがあたしのリョウじゃない証拠ばっかりで、だけどリョウがあたしの名前を呼んでくれたことだけがあたしの証拠だったから」
「…」
「リョウが呼んだのが命の巫女の名前だったって、判ったから。右の騎士の予言も、あたしの騎士じゃなくて命の巫女の騎士だったんだ、って。…リョウ、あたし、元気でしょう? 元気になったでしょう? だから、もう大丈夫だよ。リョウがあたしのリョウのふりをしなくても、あたしはちゃんと元気でいられるよ」
 リョウ、優しいリョウ。婚約者をなくして絶望していたあたしを、ずっと見捨てられずにいた優しいリョウ。一生あたしを騙してくれようとした、すごく優しいリョウ。でも、あたしが騙されていないことが判ったら、リョウはもう帰ることができるよね。
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