「みんな休む間もなく働いているんだもん。あたしだっていつまでも休んでなんかいられないわ」
村は復興に向けて動き出している。あたしも、いつまでも同じところに留まってちゃいけないよ。リョウを見送ったらあたしにとっての災厄は終わる。そうしたら今度は、村を元に戻すための戦いが始まるんだ。
「昨日とは顔つきが違うな。少し安心した」
そう言ってリョウが微笑んでくれる。あたし、本当にリョウに心配をかけてたんだ。昨日までの自分がどんな顔をしていたのかなんて判らないけど、あたしが元気になったことが伝わったのなら、きっとリョウも安心して自分の村へ帰ってくれるだろう。
「で、今日はどうしたんだ? 退屈しのぎに歩き回ってるのか?」
何度も頭の中で辿ってきた。リョウにどうやって話すのが1番いいのか、って。本当はこのままたわいない会話をずっと交わしていたかった。そして、ミイが言うように、リョウと結婚してこの家に一緒に住んで。一生、リョウにあたしの夫のふりを続けさせて――
――ううん、いつかリョウは耐えられなくなるだろう。どうしてあの時帰らなかったんだろうって、今の時間を後悔することになる。
「…リョウにね、渡したいものがあってきたの。ずっとミイに預かってもらってたんだけど」
リョウが無言の問いをあたしに投げかける。あたしは、自分がもう後戻りできないことを感じた。
ミイからもらってきた木の箱をテーブルの上に置いた。自分でそれを開ける勇気はなかった。だからリョウの方にそっと押し出す。
「…これ?」
「うん。開けてみて」
首をかしげながら、リョウが木箱のふたを開ける。最初に目に入ったのは、血で汚れた布の上に乗った小さなもの。前に命の巫女に見せてもらったものと少し形は違っていたけれど、それがケータイデンワというものなんだって、あたしには判った。
リョウの表情が驚愕を浮かべたまま硬直する。そして、ゆっくりと顔を上げる様子を見て、あたしにはリョウの心の動きが判るような気がした。あたしがそれを持ってきた理由を必死に考えて、やがて少しずつ飲み込めてきたんだ、って。
あたしは唇を結んで、リョウのまっすぐな視線に耐えた。
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