シュウたちには自分の村での生活があるんだもん。きっとそう何日も経たないうちに帰っていってしまうのだろう。
「明後日だそうだ。2日後の早朝、神殿からシュウたちの世界へ次元の扉を開く。だからおまえも明日中には別れを言っておくんだな」
リョウがそう言った瞬間、あたしの胸の中に何かが押し寄せてくるような気がした。目の前に黒い光が舞うような感じがあって、とっさにあたしは口元を押さえて台所の洗い場に突っ伏していたの。胃の中のものが逆流してくるのに耐えられなかった。あたしはそんな自分自身に驚いて、呆然としたまま洗い桶に吐き続けていたんだ。
「ユーナ! 大丈夫か」
リョウがすぐに駆け寄ってきて背中をさすってくれる。胃の中のものがなくなって、あたしは全身が震えているのに気がついていた。大丈夫だって、リョウに言いたいのにダメなの。目を見開いたままで呆然と自分の身体の変化をもてあましていたんだ。
「落ち着けユーナ! 大丈夫だ。俺が傍にいる」
何度か、リョウにそう声をかけられて、あたしはようやく呼吸を始めることができたみたい。それまでは吸った息を吐くことができなくて、身体が痙攣する寸前までいってたんだ。いったいどうしたのあたし。こんな、こんなこと今まで1度もなかったのに。
「いいから、無理をするな。おまえはまだあのときの話ができる状態じゃないんだ。…人の話なら聞けるだろうって、俺が甘く見すぎてた。悪かったな、ユーナ」
あたし、いったいどうしたの? あたしに影の国の話ができないってどういうこと? リョウは、あたしがこうなるって知っていたの?
やっとのことでリョウを見上げると、リョウは水を汲んであたしの顔をきれいにしたあと、口をゆすいでくれた。
「どうしてあたし、こんな…」
「おまえはまだ、現実を現実として受け止める準備ができてないんだ。命の巫女たちにとってはな、今回の出来事はしょせん異世界で起こったことだ。家に帰れば簡単に現実と切り離すことができる。だけどおまえは違う。この現実の中でこれからも生きていかなけりゃならねえ。影のことを過去の出来事として割り切るには時間が必要なんだ」
リョウの話を聞きながら、あたしは今の自分が感じているものが恐怖なんだって、やっと気づいた。
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