「いや、俺はすぐに帰る」
「どうして? 別に用事はないんでしょう? ユーナだって寝てばかりで退屈してるんだから。ね、ユーナ?」
「う、うん。あたし、元気だから。せめてお茶を1杯飲む間、リョウの話を聞かせて」
カーヤに背中を押されて、リョウもそれ以上帰るって言えなくなってしまったみたい。きっとリョウはまた会議に戻るつもりでいたんだろう。もちろんあたしはリョウがいてくれる方が嬉しかったから、カーヤが2人分のお茶を入れて出て行くまでの間がすごく長く感じたの。
カーヤが宿舎の外に出かけてしまうと、斜向かいに座ったリョウはお茶を1口飲んでから話し始めた。
「俺の話か。一昨日は、おまえと別れてから神殿で少しだけあの2人と話をした。さすがに全員疲れていたから、それほど長い時間じゃなかったけど」
あの時、村のみんなはあたしの方に気を取られていて、リョウたちのことはあまり気遣ってあげてなかったみたい。みんな同じように影と戦って無事に帰ってきたのに。あたしはなんとなく3人に申し訳ないような気がしていたの。
「話って? 影の正体とか、神様のこと?」
「ああ。俺は訊いたんだが、シュウの奴は答えなかった。今それを村の人間に話しても理解できないから、って。ただ、今後のために本を残していくと言ってた。もしもこの村がこれから文化を発展させて、仮想空間について理解できるようになったとき、シュウが書いた本が役に立つかもしれない」
「…仮想空間? それはなに?」
「それが神を理解するために必要な理論なんだそうだ。俺にも説明できない。だが、これから何百年か何千年か後の村人には理解できるかもしれないからな。シュウが古代文字で書いたものを、未来の村人が翻訳することを願って残していくらしい。まったく気の長い話だ」
何百年か、何千年か先の未来。シュウはそんな先のことまで考えることができるんだ。あたしには想像がつかないよ。この村がこれから先どんな風になっていくのかなんて。今のあたしには、たった数日後のことを考えることすらできないのに。
シュウが本を書くのなら、少なくともあと数日くらいは村にいてくれる。でもそれほど長い時間じゃない。
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