その日1日、あたしはほとんど誰とも会わずに、ずっとベッドでまどろんでいた。朝食のあとにオミを見舞って、あとは食事のときくらいしかベッドを離れることはなかったの。カーヤとオミしかいない宿舎の中はものすごく平和で、時間がとてもゆっくり流れていたみたい。もしかしたら宿舎の外ではいろいろなことが起こっていたのかもしれないけれど、あたしのベッドにまでそれを伝えにくる人は誰1人いなかった。
 平和な時間を、その一瞬一瞬を、あたしはゆっくりと噛みしめていた。なにも考えないで過ごしていた。もしかしたら、あたしはただ逃げているだけだったのかもしれない。命の巫女たちのことも、リョウのことも、なにも考えないでいられるときはこれが最後かもしれない、って。
 いずれ考えなければならなくなる。命の巫女とシュウはいつか自分の村へ帰らなければならなくなる。その時が、あたしとリョウの別れのときになるんだ。リョウと別れて、あたしが自分を保っていられるのかどうか、まだぜんぜん自信がなかったから。
 だって、リョウは10年もあたしのそばにいたの。気持ちを打ち明けあって、恋人になってからは2年もいたんだもん。あたしは今までの短い人生の半分以上、リョウと一緒に生きてきた。そんなリョウがいきなりいなくなってしまったら、あたしは本当に自分自身でいることができるの…?
 リョウがいないことに慣れてしまいたかったのかもしれない。もしも今リョウに会ってしまったら、あたしはリョウがいる時間を思い出してしまうから。こうして、なにもない平和な時間に触れて、リョウがいることすらも忘れてしまいたい。リョウは森の家にいるって、そう思ったままずっと過ごしていたい。
 現実なんかいらない。命の巫女の別れの言葉なんか聞きたくないよ。シュウ、命の巫女、お願い。あたしが眠っているうちにリョウを連れて行ってしまって。そして、リョウなんて人は最初からいなかったんだって、あたしに信じさせて。
 こうして、ずっと眠っていたら、あたしは永遠にリョウに会わなくて済む。いないことを思い出して泣かないでいられるの。もう、あんな思いはしたくない。リョウがどこにもいなくて、未来のどこを探してもリョウを見つけることができないって知った、あの絶望。
 1度知ってしまった絶望はあたしを臆病にして、平和な日常以外のすべてから逃避させていた。
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