――トントントントン…
 すごく規則正しい音が聞こえてくる。これは、カーヤが包丁を使う音。いつもあたしが聞いてきた、日常にあふれていて今まで気にも留めなかった音。
 カーヤの気配に目覚めたあたしは、耳を済ませて森に住む鳥の声を聞いた。朝日はまだ差し込まない。だけど、部屋の中はほのかに明るくて、朝の訪れを知った。
 なんの変哲もない、いつもと変わらない朝。
 ずっと訪れていたはずなのに、こんなに穏やかな気持ちで感じたのは久しぶりだった。もう、あたしは怯えなくていいんだ。影の来襲にも、村人が次々と命を奪われていく光景にも。
 昨日、あたしにも運命の巫女の予言が伝えられた。それまで見えなかった未来は数年先までも見えるようになって、その間、影が現われることはないんだ、って。
 あたしはだるい身体をようやく起こして、部屋のドアを開けた。
「カーヤ、おはよう!」
 笑顔を作って、できるだけ元気な声を出して、カーヤの背中に呼びかけた。気づいて振り返ったカーヤも満面の笑顔で答えてくれる。
「おはようユーナ。朝ごはんはもう少しだけ待っててね。まだ寝ていてもいいのよ」
「いいわ。もう起きちゃったもん。着替える前に顔を洗わせて」
 カーヤが空けてくれた洗い場で、たらいに水を張って顔を洗う。朝汲んだばかりの湧き水は冷たくて目が覚めるみたい。1度部屋に戻って、着替えて髪を整える。リョウにもらった髪飾りをつける頃には、あたしの身体はすっかり目覚めていたの。
 昨日、昼過ぎに村に戻ったあたしは、ほぼ強制的に宿舎へ押し込まれていた。誰もあたしにはなにも訊かず、ただゆっくり眠るようにとだけ言ってくれた。肉体的にも精神的にも疲れていたあたしは、夕食で1度起きたときにもほとんど話をしないで、ひたすらベッドで眠っていたの。まるで、影の国での出来事をすべて忘れてしまおうとしているかのように。
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