誰かが、呼んでいる。
 ――ユ…ナ――
 ――祈…巫女――
 なにか、夢を見ていたのかもしれない。目覚めるまでの一瞬、あたしはあたしを呼ぶその名前が、自分のものだとは思えなかったから。
 夢の中であたしが辿っていたのはまったく違う名前だった。繰り返し叫んでいた。同じ名前を持つ、リョウという2人の人間の名前を。
 …そうか、2つを望んだ人は、そのどちらも得ることができない。それは、いつか誰かの物語で読んだ昔の言葉――
「――祈りの巫女!」
 急に意識がはっきりして、あたしは目を開けた。眩しさに一瞬目を細める。そのあとゆっくりと目を開けて見たのは、あたしの視界を囲んだいくつかの顔と、壊れた天井から差し込む眩しい光。
「ユーナ! 目が覚めたのね。あたしが誰か判る? ここがどこだか判る?」
「…カーヤ…?」
「ユーナ!」
 そのあと、1つの顔が視界から消えて、胸と首に衝撃があった。どうやらあたし、カーヤに抱きつかれたみたい。ほかの顔に焦点を合わせると、覗き込んでいるのが守護の巫女や聖櫃の巫女、神託の巫女と、何人かの神官であることが判ったの。
「祈りの巫女、よかった…! みんな、祈りの巫女が目覚めたわ!」
 その守護の巫女の言葉に呼応するように、どこかで歓声が上がった。どうやらあたしの回りには、目に見えるよりもずっとたくさんの人たちがいるみたい。カーヤに抱きつかれたまま身体を起こしてみる。カーヤは気づいて、あたしが起き上がるのを助けてくれた。
「ユーナ! どうしてあなたは心配ばっかりかけるの? いきなりいなくなったらあたしが心配するって思わなかったの?」
「カーヤ、今はそんなことよりも――」
「ええ、判ってる。でもあたし本当に心配したんだから。こんなにやきもきさせられたのは人生始まって以来初めてよ!」
 そう叫んだカーヤに再び抱きつかれて、あたしはまたうしろに倒れそうになっていた。
次へ
扉へ
トップへ