リョウがいなくなる。今この瞬間、あたしを抱きしめて思い出を語ってくれるリョウが。
知らず知らずのうちにリョウの背中を抱く腕に力が入っていたみたい。リョウはちょっと驚いたように身じろぎした。
「ユーナ。ほんとにどうしたんだ? …まさか、おまえの命が助かったってのは――」
「ううん。それは嘘じゃないよ。村のみんなが助けてくれたからほんとに大丈夫なの。なんだかあたし今、混乱してて」
リョウに誤解されたくなくてあわてて言うと、リョウは再び笑顔を見せた。今度はさっきみたいなぎこちない笑顔じゃない。リョウの身体がだんだん温まってきて、表情も少しずつ元に戻ってるんだ。
「そうか。…まだ、言ってなかったな。よくやったユーナ。おまえのおかげで俺の命も、村も救われた。感謝してる」
「そんな。あたしだけの力じゃないよ。リョウが必死で守ってくれたから、あたしは祈りを捧げることができたの。ありがとう、リョウ」
やっとだった。このときになって初めて、あたしはリョウに笑顔を見せることができたの。それに伴って少しずつ実感がわいてくる。あたしは村を救うことができたんだ。祈りの巫女の役目を果たして、村のみんなの幸せに手を貸すことができたんだ、って。
リョウの感謝の言葉が、複雑に絡み合ったあたしの感情の方向性を定めてくれたみたい。今のあたしはリョウの感謝の言葉を単純に喜んでいればいいんだ。リョウはいつもそうだった。たった1つの言葉であたしの気持ちを楽にしてくれる。
「ほっぺたが真っ赤だな。もうそれ以上泣くなよ。顔がしもやけになるぞ」
「ほっぺた、って。子供に言うみたいに言わないでよ。あたしもう16歳なんだよ」
「言われたくなかったらもう泣くな。おまえ、本当に子供みたいな顔をしてるぞ。この秋に結婚を控えた女には見えねえ」
そんなリョウの言葉にちょっとだけドキッとして、そんな表情を隠すために自分の頬に手を当ててみた。ほんと、冷たくてガサガサしてて、リョウが言ったとおり赤くなってるのは間違いないみたい。
「早く帰って顔を洗いたい。リョウは? もう動けそう?」
「だいぶ動くようにはなってきたけどな。歩き出すには腹が減りすぎてる。俺の荷物は近くにないか?」
あたしはきょろきょろ見回したけど、まだ霧は晴れていなくて、近くにリョウの荷物を見つけることはできなかった。
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