これで本当に終わらせることができたんだ。これで、本当に――
「どうした。…泣いてるのか?」
 訊かれて、でも声が詰まってしまってすぐには答えられなかった。ほぐれた糸が絡まりあって、自分がいったいどうして泣いているのか、見えなくなってるみたい。きっと、すべてが終わったって安心感もあると思う。だけどそれだけじゃない。不安とか、恐れとか、後悔とか。言葉にできない感情がたくさん絡まってて、今のあたしには息を詰まらせて涙を流すことしかできないの。
 息を吐くように感情を言葉にして吐き出せてしまえばいいのに。言葉にできないことがもどかしくて、しばらくの間あたしは泣いていた。ずっと見守ってくれていたリョウは、やがて少しだけ身体を起こしたの。顔を上げたあたしにぎこちない微笑を見せる。
「リョウ?」
「前にも、こうしてたことがあった」
「え?」
「記憶のない俺が、初めて獣鬼と戦ったときだ。祈り台の上で倒れてたおまえを、目が覚めるまでこうして抱きしめてた。あの時は泣いてはいなかったか」
 覚えてる。あたしが初めて村へ降りて祈りを捧げたとき。リョウを死なせたくない一心で祈りを捧げて、再び禁忌を破ってしまった。もうあたしは以前の自分には戻ることができないんだって思い知らされたあの時。
「目が覚めたら、リョウの暖かさの中にいたの。リョウが心配してくれてたのがすごく嬉しかった」
「意識が戻るまではな。あの時、おまえの祈りがなかったらあんなに早く獣鬼を倒すことなんかできなかった」
 言葉を切ったリョウは少し目を細めるようにして、遠くを見ていた。そして、そのままの表情でつぶやく。
「…もう、思い出話もできるな」
 リョウがそう言った時、あたしは気づいたの。あたしが不安に思ってた答えの1つに。
 この災厄が去った今、もうリョウがあたしのそばにい続けてくれる理由は一切なくなってしまったんだ。
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