「…肉体の限界を超えたんだ」
 そうシュウがつぶやく声が聞こえた。あたしはただ目の前の獣の姿に見とれていて、シュウの言葉の意味を理解することはなかった。
「あたし、あの姿、見たことある気がする。…小さい頃に流行ってたなんかのゲームキャラ」
「スノーホワイトドラゴン。レベルが20まで上がるとブリザードを吐くことができる。だけどまさかそんなもんに変身できるなんて」
「ブリザード? だったら勝てるかもしれないよ! だってあの怪物は寒さに弱いんでしょ?」
「冗談じゃない! あんな姿でブリザードなんか吐き続けてリョウが持つ訳ないだろ! …あいつ、まさか死ぬ気か…?」
 リョウが死ぬ。そのシュウの言葉を聞いて急に現実味を帯びてきたその可能性に、あたしは底の知れない恐怖を感じていた。
 恐怖、そして後悔。あの時と同じ、リョウに伝えなければならない何かを伝えられなかったという悔しさ。悲しみ。
 リョウはきっと、あたしがリョウを憎んでるって、そう思ってる。そんな気持ちのまま影に対峙してる。あたしがリョウを憎んだから、リョウは自分だけ幸せにはなれないって思ったんだ。だって、リョウはすごく優しい人なんだもん。人に憎まれたまま幸せになるなんて、そんなこと最初からできるはずがなかったんだ。
 リョウを助けたいと思ったあのときの気持ちは本物だった。そのあとあたしがリョウを憎いと感じたのは、あたしの心が弱すぎて、今目の前にいるリョウを憎んだ方が楽だったから。リョウを憎むことにあたしの心が逃げただけなの。本当にあたしがしなければならなかったのは、自分が選んだ結果をすべて受け入れることだったのに。
 死にたくない。あたしはぜったいに死にたいなんて思ってない。
 だけど、人間はいつかは死ぬんだ。あたしは自分の死をきちんと受け入れないといけない。誰のせいにもしちゃいけない。そして、リョウにもう1度、ちゃんと伝えて――
「祈りの巫女!」
「祈りの巫女! 嘘!」
 いつの間にか、あたしの視界は真っ暗になっていた。遠くに誰かが呼ぶ声と、身体をゆすられている感じがある。
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