「こいつの弱点は寒さなのか?」
そう訊ねたリョウの声は思いのほか冷静で、そのことに驚かされたのかシュウの答えが一瞬遅れる。
「あ、ああ。活動可能な気温は10度以上、0度に近くなればなるほど動かなくなる。凍らせちまえばたぶん死ぬだろう」
「凍らせればいいんだな」
「水なら0度で凍るけどな、生物の体液を凍らせようと思ったら少なくともマイナス5度まで下げなきゃムリだぜ! 簡単に言うなよ!」
「…ユーナを頼む」
それまで、ずっと怪物の動きを見据えていたリョウが、この時ふっと振り返った。
その視線があたしに向いたとき、リョウは少しだけ悲しそうな微笑を浮かべて、その微笑があたしの中のひとつの記憶と重なったの。
――村の広場に仮設された祭壇と、その前に並べられたたくさんの棺。合同葬儀が終わってあわただしく村人が去っていった夕暮れ時の広場に、夕日を背にして微笑を浮かべたあの日のリョウ――
あの日、あたしが最後に見たリョウは、目の前のリョウと同じ悲しみが混じった微笑を浮かべていた。…これは、リョウが去っていくという前触れ? リョウが死を覚悟したという証の微笑だったの…?
「リョウ! 待って、戻って!」
あの時リョウは無茶をした。あたしの祈りを本当にするからって、ブルドーザに単身で戦いを挑んでいった。命がけであたしの名誉を守ってくれようとした。このリョウも、あのときのリョウと同じことをしようとしているの…?
「影なんか倒さなくてもいいよ! お願い逃げて!」
そのときあたしは、再び影を見据えたリョウの身体が少しずつ崩れているのに気がついた。
リョウの身体が影と同じように崩れていく。はっと息を飲んだあたしの目の前で、崩れたリョウの塊が次第に大きくなっていく。いったい何が起こっているのか判らなかった。かつてリョウだった崩れた塊は、やがて影とほとんど同じ大きさにまで成長して、徐々にリョウとはまったく違う姿を形作り始めたの。
現われたものは、白銀に輝く鳥のような獣の姿をしていた。コウモリのような薄い翼と細長い小さな頭。影よりははるかに細い手足と長い尾。それは恐ろしくも高貴な、そして何よりも美しい獣に見えた。
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