「そうか。オレの力は姿を借りた身体がマックスの状態のときのデータを利用してるからな。このリョウの姿ではおまえに殺されることもない代わりに倒すこともできない訳か。…だったらおまえよりも強い身体のデータを使えばいい」
影がそう言った次の瞬間、リョウの姿が崩れてまた新たな姿に変わっていったの。形のない状態の影がどんどん大きくなって、この部屋のかなり高い天井に触れそうなくらいになる。そうして現われた姿は、あたしが今まで見たことがない生き物の形をしていたんだ。獣鬼やセンシャよりも格段に大きくて、獰猛な肉食獣のような大きな口と牙を持った巨大生物。
「あれって…。確か命の巫女の物語にあった――」
「北の山の湖から生まれたという怪物だ! リョウ、早く逃げろ! 一飲みで喰われるぞ!」
あたしは悲鳴を上げることすらできなかった。だって、その怪物の形相はあまりに恐ろしくて、よだれをたらして牙を剥きながら今にもリョウを喰い殺してしまいそうだったから。リョウはかろうじてその場に踏みとどまってたけど、こんな生物と戦うすべなんかあるはずない。リョウの力では怪物の足の一部にだって傷をつけることすらできないよ。
あの牙から、硬そうな爪から、太くて大きな両足から、人間が逃げられるはずなんてない。あたしたち全員、いくらも経たないうちに殺されて飲み込まれてしまうだろう。
「炎の玉!」
「やめろユーナ!」
シュウの制止は間に合わなくて、命の巫女が放った炎が怪物の足に当たって拡散する。怪物の足には焦げ跡すらつかなかった。
「炎はダメだ。あいつは熱には強い。おまえだって命の巫女の物語を読んだだろ?」
「だったら氷の玉で――」
「あの時は湖に沈めて水ごと凍らせたんだ! 部屋の空気を冷やすだけじゃヤツは死なない。ヤツが死ぬ前にオレたちの方が凍っちまうよ」
影は初めて扱う身体に慣れる時間が必要だったみたい。いきなりリョウを襲ってくることはなかったけど、扱いに慣れればいずれあたしたちを喰い始めるのは明らかだった。
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