あたしはちょっと驚いて命の巫女の顔を見た。命の巫女もあたしの視線に気づいて振り返ってくれたけど、その表情には少し苦味のようなものが混じっていたの。命の巫女には、影が言ったことが判っているの? 命の巫女の世界は滅びに向かっているというの…?
「まだ滅亡しちゃいない。おまえだって知ってるはずだ。オレたちの世界が滅びていないってことは」
「イデンシの多様化を妨げる要因が多すぎる。それだけでも種族としては先細りなんだ。加えて人間は人間以外の種族のイデンシも単一化させるからな。実際あの村の研究には既に植物の人工交配の技術まである。オレとしては、そういう技術を村の外にバラまかれるのは困るんだよ。怖いのは、生活の余裕が生まれた人間たちに平和の意識が目覚めること。…ま、どこでボーダーラインを引くかというのも難しい問題なんだけどな。――やっと話が元に戻ってきたか」
「つまりおまえとしては、乳幼児の死亡率を現時点のまま維持させるところでラインを引いてる訳だ。確かにあの村は子供も大人もかなり死亡率が低そうだもんな。おまえの言うとおり、滅亡の種は持ってる村だ。滅ぼしたくなる気持ちも判らないではないか」
「シュウ! ちょっと、なんてこと言ってるんだよ! シュウが影に説得されててどうすんのよ!」
 そう口を挟んだのは命の巫女で、言葉と同時にうしろからシュウの片腕を引っ張ったから、シュウは少しよろけてしまっていた。
「いきなり引っ張るなって。仕方ないだろ? 言ってることそのものは正しいんだ。イデンシの単一化は種族の衰退につながる。乳幼児の死亡率が高ければより強いイデンシを持った人間が生き残るってことだし、戦争もそれと同じようなふるいの役割をする。影はそのどちらもなくしたくないんだ。これ以上あの村の文化を発展させたらいずれ周辺国の出生率まで落ちるんだろ? あいつにとっては、今が最後のチャンスなんだよ。今ならたった1つの村を滅ぼすだけで、ほかのすべての地域を文明の弊害から救うことができるんだから」
「な…! そ、それじゃどうなるのよ! なんにも悪いことしてないのに殺されちゃう祈りの巫女の村人は? 子供を飢えや戦争で亡くして悲しんでる両親の気持ちは? そういう人たち1人1人の命はどうでもいいっていうの? シュウあんたサイテー!」
「だから! オレが言ってるんじゃないってーの! 要するに視点が違いすぎるんだよ。オレたちだって畑に種を蒔いたときは雑草取りや間引きくらいするだろ? 引き抜かれる草の気持ちなんか考えないで。視点を変えればオレたちもあいつと同じことをやってるんだよ。それをオレが理解したら悪いか?」
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