影のその言葉に、あたしは返す言葉を失っていた。
 あたしは、禁忌を破った前例を作ってしまった。たとえ村の歴史からその記録を抹消できたとしても、あたしが禁忌を破った事実は変わらない。あの時あたしは、自分ひとりのためにリョウを生き返らせる祈りをした。それが結果として村を救う役に立ったからといって、その時点であたしが自分の願いを祈ってしまったのは事実なんだ。
「ここまでくるのだってかなり大変だったんだよ。世界が滅びる以前の時間へ戻っても、13代目への攻撃はことごとく阻止されてしまう。更に時間を戻って13代目の両親をうまく殺せたとしても、神の計算によって彼女はまったく別の両親からちゃんと生まれてきてしまう。だからといって彼女が生まれる前の時代に村を滅ぼそうとすると、いつの間にかその時代が祈りの巫女が存在する時代に変わっていて、破壊の巫女が12代目から13代目になっていたりする。…何度諦めようと思ったか判らないよ。でも、オレが諦めたら世界は滅びてしまうからね。数千万人の人間と数多の国々を無意味に滅ぼしてしまう訳にはいかなかった」
 ぼんやりと話を聞きながら不思議に思った。いったい、13代目の祈りの巫女は何をするの? あの穏やかな村にいて、どうしてそれほど多くの人間を殺すような考えを持つことができたの?
 いったいなんのために13代目は祈りを捧げるの? 私欲のため? それとも村の平和のため? たとえそのどちらであったとしても、それほど多くの人の命を奪う必要なんかぜったいにないよ。
「1度君を殺せたときには成功したかと思えたんだけどね。残念なことに、左の騎士が再び歴史を変えてしまった。しかも君は別世界の村をまるごと1つ乗っ取って命の巫女まで誕生させてしまった。…だけど、オレはとうとうここまできたんだ。祈りの巫女、短い間だったけど、君と話せて楽しかったよ。かわいそうだけど、君にはここで死んでもらう。君と命の巫女さえ死ねば村を滅ぼすのは造作もないことだ。これで終わりにさせてもらうよ」
 疑問に対する答えを得られないまま、不敵な笑いを浮かべたセトの表情を見上げていた。そのときまたセトの身体が崩れる。現われたのは、あたしが大好きだった微笑みを浮かべた母さま。
「誰に殺されたいの? ユーナ。やっぱりあなたをこの世に生み出した母さまがいいかしら?」
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