影は、あたしと話をしようとしている。今まではただあたしを殺すためだけに行動していたのに。
それに、影はさっきからあたしに話しかけてるんだ。あたし、影とこんな風に言葉を交わすことができるなんて思ってなかった。以前は影と和解できるかもしれないと、そう思ったことだってあるのに。
もしもここで影と話をしたら、あたしは影と和解することができるの? もうこれ以上村を壊さないでいてもらうことができる?
あたしが忙しく頭をめぐらせている間に、影はまた姿を変えていた。今度は神官の衣装を着たセトの姿に。
「少しは話を聞いてくれる気になった? オレは今のところ君に危害を加える気はないんだけど」
話し方は相変わらず違和感があったけど、セトはあの不気味な笑い顔は浮かべていなくて、少し困ったような表情をしていたの。もちろん目には表情がなくてガラス玉のままだったけど、あたしにとってはシュウやマイラよりはセトの方が幾分気が楽だった。
「影の言うことなんか信じられないわ。…でも話は聞く。だからもう姿を変えるのはやめて」
「ようやく気に入ってくれたみたいだね。やっぱり巫女には神官がつきものだってことだな」
あたしは衝動的に言いたいことはあったんだけど、それをぐっと飲み込んで落ち着くように自分に言い聞かせた。影の言うことなんか信じられない。だから影はあたしを油断させるつもりで、セトの姿で話しかけているのかもしれない。
でも、ここは影の世界で、あたしはこの灰色の空間に捕らえられているんだ。さっき神様に祈りを届けることはできたけれど、もしも影があたしを殺そうとしたら、祈りを捧げるまもなく影はあたしの命を奪うだろう。どんなに影の言うことが信じられなくたって、あたしには影の話を聞くしか選択肢がないんだ。そうやって少しでも時間を稼いでリョウの助けを待つことしかできないんだ。
そんなあたしの心の動きは、もしかしたら影には伝わっているのかもしれない。黙り込んだあたしのことを気にするでもなく、影はあたしの隣に腰かけて、あの奇妙な声で話し始めたの。
「祈りの巫女、君は自分の祈りの力がどこからくるのか知っているかい?」
その質問に答えるのは簡単だった。少しだけ返事に迷ったのは、影の真意がまったくつかめなかったからだった。
「神様が与えてくださるのよ。祈りの巫女にはほかの人よりも何倍も多くの幸運を分けてくださる。その幸運が祈りの巫女の力なのよ」
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