子供の目は生きている人間の目にはとうてい思えなかった。まるで色のついたガラスの玉をはめ込んだように無表情で、焦点もきちんと合っていなかった。笑っているのは口元だけで、頬にも目尻にも表情と呼べるようなものは浮かんでいないの。こんなに不気味な笑い顔は見たことがなかった。
「あなた…誰…?」
自分の声が震えているのが判る。それで気づいたの。あたし、もう現実に戻ってる。いったいあたしはいつ祈りをやめたの?
灰色の世界に立って不気味な笑い顔を浮かべた子供は、座り込んだままのあたしを見下ろして声を出していた。
「ぼくだよ、ユーナ。君の左の騎士のシュウだよ。まだぼくのことを忘れてるの? せっかくユーナが呼ぶから出てきてあげたのに」
声にも違和感があった。まるでバラバラになった声を1文字ずつ組み合わせたかのように発音していて、感情がぜんぜん感じられない。こんなのがシュウのはずないよ。それにさっきは獣の姿をしていたんだもん。さっきの獣も、このシュウも、影が姿を変えているんだ。
「やめてよ! あなた、影なんでしょう? どうしてシュウの姿をするの? …やめて。シュウを穢すようなことはしないで!」
「影? …そうか、あの村ではぼくのことをそう呼んでるんだ」
しゃべっているのに口が動いてない。それがまた不気味で、恐怖に凍りついたようになってしまった。見ていたくなんかないのに目が離せないの。そうこうしているうちに、少年の影がまた崩れて、今度はマイラの姿に変わったんだ。
「シュウでは気に入らないのならあたしでどう? この姿ならいいでしょう?」
マイラの姿になっても表情や声の調子はぜんぜん変わらなかった。でも、その声は間違いなくマイラのものだったの。…嫌。どうしてこんなひどいことをするの? まるであたし自身が死者を冒涜しているような気がするの。それがあたしの動揺を誘う影の作戦だったとしても、自分自身の感情の暴走を鎮めることができなかった。
「正体を現わせばいいじゃない! あなたは影なんでしょう? 他人の姿を借りたりしないであなた自身の姿を見せなさいよ!」
「それは無理だわ。あたしが自分の姿をとったらユーナと話せないもの。…あたしはそれでもかまわないけどね、12代目祈りの巫女」
そのマイラの言葉の内容がすっと頭の中に入ってきた一瞬、あたしはそれまでの恐怖を忘れていた。
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