そうだ、祈りの力でみんなの気配を探ってみればいいんだ。あたし、ずいぶん動揺していたみたい。そんな簡単なことに気がつくのにも時間がかかってしまって、取り出したろうそくに火をつけるのもなかなかうまくいかなかった。今まで何度となくしている動作なのに手順を忘れてしまったようだった。
 それでもようやく炎を灯したとき、不意に背後に気配を感じて振り返ったの。でもそこには誰も見えなくて、耳を澄ませたあたしに小さな呼吸音だけが聞こえてくる。あたしは自分の身体が震えているのを感じた。
「誰? 誰かそこにいるの?」
 獣のような呼吸音はすごく近くに感じる。床に座り込んだあたしとほとんど同じ高さから聞こえるから、これが獣ならリグのような肉食獣だ。いったいあたしはどこにいるの? 次元の扉は、あたしをリグの群れの中へと導いて殺そうとしているの?
 冷や汗がじっとりと背中を濡らしているのが判る。恐る恐る、あたしは火のついたろうそくを手元に引き寄せた。そして、ものすごく怖かったけど、目を閉じて祈りの姿勢をとったんだ。
 ――神様、あたしに周りの様子を知るための目を貸してください。
 この場所でも神様はあたしに目を貸してくれた。とたんに影の臭気が感覚の中に飛び込んでくる。我慢して神様の目を凝らすと、ようやく目の前にいる獣の姿を見ることができた。
 リグに似ている。でもほんの少しだけリグとは違うようにも見える。もっとはっきり見ようと更に視点を近づけると、急に獣の輪郭が崩れて、一瞬ののちには小さな男の子の姿に変わっていたんだ!
 驚いたのは、その男の子が扉の空間の部屋で見た5歳のシュウにすごく良く似ていたから。
「え? …シュウ?」
 名前を呼ぶと、シュウはあたしの顔を見つめて、にやっと笑った。…違う。この子、シュウじゃない。シュウはこんな、何を考えてるのか判らないような笑い顔はぜったいにしない。
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