「い、ら、な、い!」
1文字ずつ区切るようにそう言って、立ち上がった命の巫女はそのまま通路の先へ歩いて行っちゃったの。シュウもすぐに追いかけていく。あたしはちょっと心配になってリョウを振り返ったんだけど、リョウは2人のうしろ姿を見送っただけでなにも言わなかった。この通路はときどき曲がっていて、影の死骸で通せんぼした区間もずいぶん長かったけど、音はけっこう響くから2人に何かがあればここにいたってすぐに判るんだ。それはリョウにも判ってるからさほど心配してはいないみたい。
「あの2人、仲がいいのか悪いのか判らないね。朝までには仲直りしてるかな」
「さあな。…おまえも少し眠っておいた方がいい。なにかあったら起こしてやるから」
「リョウは? 眠らないの?」
「あいつが言ったことを試してみる。本当に俺の身体に眠りが必要ないのかどうか。身体の限界を超えれば俺は強くなれるらしいからな。おまえはこの身体でも夢が見られるかどうか試してみてくれ」
あたしにはシュウが言ったことの半分も信じることができなかった。リョウに言われて横たわったあたしには自分の鼓動が感じられて、この身体の中が空洞になってるなんてぜんぜん思えないんだもん。あたしの隣に座りなおしたリョウが額に優しく手のひらを乗せてくれる。その手に導かれるようにあたしは目を閉じた。
「あたしには信じられないよ。だって、リョウの手はこんなにあったかいんだもん。このあったかさもただ思い出しているだけなの?」
あたしが目を閉じたことを知ったリョウの手が、今度は髪をなでる仕草に変わる。
「俺にも判らないさ。ただ、今以上に強くなれる可能性があるなら信じてもいいと思ってる。普通の人間には不可能なほどの大きな力を手に入れられるなら」
急に不安になって、あたしは再び目を開けたの。あたしを見下ろしたリョウの視線と合って、その目の優しさにちょっとだけ驚いた。リョウの表情はすぐに戸惑いに覆い隠されてしまったけど、あたしはリョウがそんなに優しい顔で見てくれてるなんて思ってなかったんだ。
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