「端折らないでよ! それじゃぜんぜん判らないじゃない!」
「だから、判らないところは端折るって言ってるの。おまえだってクーラーやデンシレンジを使う前にいちいち構造の説明なんか聞きたくないだろ? おまえにも判りそうな取扱説明書のところだけをこれから説明してやるよ」
 そんなシュウの言葉すらもあたしにはおぼろげにしか判らなかったけど、命の巫女は納得したようで口をつぐんだ。
「とはいってもある程度の構造説明は必要なんだよな。…あのさ、ユーナ。人間の記憶ってどこにあると思う?」
「どこって…。ふつうは脳にあるんじゃないの? でもそれがなに?」
「オレもそう思ってる。でもさ、今のオレたちの身体に脳があるとは思えないんだよ。腕の中に筋肉や骨がないのに、頭の中に脳があると思えるか? おまえ」
 命の巫女が少し顔を青くして沈黙する。シュウの言うとおりだ。今のあたしたちに脳があるとは思えない。だったら今のあたしの記憶って、この身体のいったいどこにあるの?
 そんな不安を孕んだ沈黙を破ったのはリョウだった。
「俺たちが夢を見ているとでも言いたいのかよ」
「いいや。そういうことじゃない。あのときオレたちは確かに影の世界に入ったんだ。だから、この身体のほかにどこかで眠ってる本物の身体がある訳じゃないと思う。おそらくこの世界に入るためには肉体の次元を変える必要があったんだろうな。その説明は今は端折る。なぜなら、オレにもきちんと説明できる自信がない」
 シュウは1度ニヤッと笑ったあと、先を続けた。
「身体はないけど肉体を持っていた記憶がオレたちにはある。今のオレたちが自分の身体だと思っているのは、おそらく「オレたちの記憶と感覚が作り上げた自分の身体」だ。そういう意味ではリョウが言った「夢を見ている」ってのは近いかもしれないな。夢の中でオレたちは、目覚めているときの感覚を基にして身体の動きを再現するだろう? それと同じことが今も起こってるってことになる。身体の動きの1つ1つ、音や感触、それにオレが感じた痛みなんかも、すべてはオレたちの記憶が感覚を再現して起こしてる現象に過ぎないんだ」
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