「未来だけじゃないんだ。沼で助かったシュウは確かに存在していて、その村が災厄に襲われるまでの人生を経験してる。そして彼が経験した10年間は祈りの巫女が助かる歴史に変わった時点で消滅してる。だけどこの歴史も祈りの巫女が助かるためには必要な歴史だったんだ。この消滅した歴史も予定調和の中にあることになる。…あのシュウは、過去に戻って祈りの巫女を助けるためだけに存在していた、ってことだ。まるで胎児の手にある水かきの細胞が、産まれる頃には自ら死滅するのと同じように」
「…」
「すべての歴史が予定調和の中にあるのなら、オレたちの過去も同じことになる。オレとユーナが同じ町に住んでいたことも、ユーナが4歳で引っ越してあの日偶然エキで再会したことも。…トツカ、あんたがヤケンに襲われたオレたちを助けて、この村へ飛ばされてきたことも」
 ――シュウ、あたしを助けて死んでしまったシュウ。あたしはあなたを助けることができなかった。あなたの命も、信じているからって言葉も、あたしには重過ぎるよ。
「…なんのことだ。いったい誰と勘違いしてる。いいかげん、俺をトツカと呼ぶのはやめろ」
「まだ隠すつもりかよ。そっちこそいいかげん認めたらどうなんだ。おまえは祈りの巫女の幼馴染なんかじゃない。いったいなんだってあんなに善良な村人たちや祈りの巫女を騙すようなことをしてるんだよ!」
「やめなよシュウ! 祈りの巫女だっているんだよ」
「親切なふりしていったい何をたくらんでんだよ! 本当はおまえこそが村を滅ぼそうとしてるんじゃないのか!」
『パチン!』
 意外に近くに聞こえた音と、やがて遠ざかっていく足音があった。でもシュウの言葉に呪縛をかけられたようで頭も身体も働かない。
「…ごめんなさいリョウ。シュウだって本気であんなことを言ったんじゃないの。あとでちゃんと謝らせるから」
「腹が減って気が立ってるだけだ。俺は気にしてない。…ユーナがこの状態だからな、しばらくここを動けないだろう。袋の中に食料が入ってるからてきとうに用意してくれ。食い物の匂いがすればあいつも帰ってくる」
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