知らず知らずのうちにあたしの膝は崩れて、下草の上に座り込んでしまっていた。小さなシュウとほとんど同じ目線で、斜めうしろから沼に落ちた自分を見ていたの。恐怖に歪んだ幼い自分の顔はまるで他人のように見える。その小さな身体を覆う黒い靄は、あたしがよく知る言葉を繰り返していた。
――祈リノ巫女ヲ殺セ。祈リノ巫女ヲ滅ボセ
幼いシュウに吸収された大人のシュウは、手を伸ばすことしかできなかった幼い自分に知恵を授けていた。なにか掴まれるものを投げてやれと。その心の声を聞いて、小さな身体が蔓草を求めて森の中を走っていく。
あたしは頭のどこかで納得していた。あたしを助けてくれたのはこの人なんだって。小さなシュウを動かして、自分を犠牲にしてあたしの命を救ってくれたのは、この大人になったシュウだったんだ、って。
でも、本当はそれだけじゃなかったんだ。2人の心の会話は言葉として聞こえる訳じゃないから正確には判らなかったけど、あたしを沼の中から押してくれようとしたのは、間違いなく幼い方のシュウだったの。
――ユーナが大好きだから。ぼくはユーナに生きていて欲しいんだ
――代わりにおまえが死ぬのにか? おまえは2度とユーナに会えなくなるのに
――どうして? ぼくはユーナのことが大好きなんだよ――
幼いシュウには判ってなかったのかもしれない。人が死ぬのがどういうことなのか、ってこと。リョウが死ぬまではあたしにも判らなかった。あんな、自分が半分もぎ取られてしまったみたいな、あんな思いは2度としたくないよ。
「命の巫女! お願い、シュウを沼に飛び込ませないで!」
ほとんど悲鳴のようなあたしの声に、命の巫女はずいぶん驚いたみたいだった。
「沼に、って。このあとシュウが沼に飛び込むの? まさか」
「沼の中からあたしの身体を押し上げてくれたの。それでシュウは死んでしまった。命の巫女、できるのならお願い。シュウの命を助けて。シュウを沼に飛び込ませないで!」
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